2020年代に入り、自動運転市場は「研究」から「実証」の段階、そして「実用化」と「商用化」のフェーズに突入しました。それに合わせ、自動運転関連の最新ニュースやテクニカルレポートに対する需要も高まっています。
今回は自動運転ラボの発行人である下山哲平に対するインタビュー記事が、一般社団法人行政情報システム研究所(AIS)の機関誌に掲載されましたので、その内容を紹介します。
▼2023年2月号 トピックス 転換期を迎える自動運転、その到達点と今後の展望|AIS|一般社団法人 行政情報システム研究所
https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20230210/202302_06/
■“自動運転もどき”から“ほぼ自動運転”にまで進化
Q 自治体がパートナーとなって取り組む自動運転プロジェクトは国内に数多くあります。この取り組みはどのように始まり、どのように進んできたと捉えていますか。
下山 自治体ベースの自動運転のパイロットプロジェクトにはさまざまな形がありますが、まず言えることは、その多くが地方におけるバス系の実証実験だということです。路線バス、オンデマンド・バスに加えてオンデマンド・シャトル、オンデマンド・タクシーなど、幅広い意味でバス系と呼べる交通手段の自動運転について、地方の自治体が自動運転系企業や情報システム企業などと組んで実証実験を行ってきました。
地方の自治体がバス系に取り組んでいる理由は、大きく分けて2つあります。ひとつは、高齢化・過疎化が進むなかでの交通弱者の増加という問題です。自家用車が1人1台あるのがあたりまえという地方では、免許を返納したり心身が弱ったりして運転できなくなった高齢者は、交通弱者になります。自治体としては社会・経済の活力の維持のためにも、本人の健康・福祉のためにも、こうした人々に移動・活動してほしいわけですが、既存の路線バスはすでに運行本数が減っていて、バス停の間隔も大きいなど、利便性は低い。
では、どうするか。自動運転実現の可能性が高まる前から、地方の自治体は人が運転するバス系のサービスの維持・改善に努めていました。自治体が実施する施策の中心はバス会社やタクシー会社に補助金を出すことです。このコストの負担は自治体にとって重く、その削減に苦慮していたのですが、そこに出てきたのが自動運転でした。これが実用化されれば、コストのなかでも大きな部分を占める運転手の人件費が圧縮できます。地方ではバスやタクシーの運転手のなり手が足りないという人手不足の問題も深刻ですので、この面でも自動運転はソリューションになりえます。これが地方の自治体がバス系の自動運転の実証実験に取り組むふたつ目の理由です。
注意していただきたいのは、自治体は、自動運転の可能性が見えてくる前から、人が運転するバスによって課題の解決に取り組んできたということです。“自動運転抜きのMaaS(サービスとしてのモビリティ)”ですね。この、人が運転するバスを人が運転しないバスに切り替える。これが時系列の流れであり、自治体主導の実証実験において自動運転は本来、目的ではなく手段でした。
自動運転系のサービスというのは実は自動運転でなくても実現できるんです。但し、コストを度外視すれば、ですが。移動したいときに呼べばクルマが来る。これを人間でやるのがタクシーやハイヤー、運転手付きの自家用車であるわけです。ただ、料金や人件費が高いですから、誰もが自由に利用できるというわけにはいきません。このコストの壁を壊していくのが自動運転だという話です。
Q そのようにスタートした自治体主導の自動運転の実証実験は、どのように変化、あるいは進化してきたのですか。
下山 自動運転のテクノロジーが進んだり、実証実験でデータや経験が蓄積されたりして、実証実験のフェーズも変わってきています。技術面では大きく分けると2段階あって、1ステップ目は、自動運転とはいっても実質的には人間が運転している段階ですね。自動運転モードで走らせるけど、人間が常に危険判断をしている状態。たとえば、まっすぐで平坦な道路でクルーズコントロール機能を使って手放し運転をしてトラブルがなくても、それを自動運転とは言わないですよね。運転手席を外すことは絶対できないし、よそ見することさえできない。これは、法律上は手動運転なのです。コスト構造で見ても、運転手なしにはできないので、有人運転とたいして変わりません。むしろ、運転手に加えて保安要員がもう1人乗っていたりするケースもありました。仕方がありませんよね、法令の整備なども進んでいませんでしたから。
実証実験はまず、そういうステップから始まって、これは実質的に人間が運転しているのと変わらない “自動運転もどき”だったのですが、次のステップで真の自動運転に一歩近づきます。つまり、運転手はもう乗っていない。代表例は今、茨城県境町などでのプロジェクトで有名なBOLDLY(ボードリー。ソフトバンク子会社)さんがやっている実証実験です。
あれも厳密には自動運転ではなく、運転手ではない「オペレーター」が乗っているんですが、ドライバー席に座っているわけではなく、システムによる運転のオペレーションを担当している。まだ完全な自動運転、無人運転ではないですけれど、ドライバー席にはもう人が座っていない。イメージとしてはかなり自動運転に近づいてきている。“自動運転もどき”から“ほぼ自動運転 ”にまで到達した。これが現在の最新の状況です。
【参考】関連記事としては「自動運転バスのARMA、BOLDLYがオペレーター110人育成」も参照。
■自治体の自動運転実証実験は「停滞期」に?
Q なるほど。では、自治体とともに実証実験を行っている民間企業にとって、これまでの取り組みはどのような意味を持っているのでしょうか。
下山 技術を開発し、サービスを提供している企業にとって、事業化の見込みがまだ立たないなかで実証実験のコストを捻出し、法令が整っていないなかで、自社単体で警察など官公庁との折衝をして……というのは本当に大変です。自治体と組むことによって、この大変さ、苦しさが相当減る。これは大きなメリットで、自治体が旗を振って国とまでつながるプロジェクトだからこそ、実証実験の道が開けるわけです。
自治体が先頭に立っていろいろな関係者を巻き込んで調整して、最低限のコストを実験の委託料として民間企業に支払う。この動きがなければ日本におけるバス系の自動運転の実証実験は進みにくかったと思います。自治体から受託する案件があることによって技術レベルや知見が増したケースというのはたくさんあると思いますので、よかったか、よくなかったかで言うと、民間企業にとって自治体と組んでの実証実験はよかったと思います。
Q 「技術として前に進んだケース」がたくさんあるというお話でしたが、逆に言うと、ビジネスなど技術以外の面ではあまり進展のなかったプロジェクトもあるということでしょうか。
下山 実証実験の最も大きな狙いは、データを取ったり、いろいろなトラブルを経験したりといったことです。この視点で見たとき、自治体案件にはありがたさがあるものの、技術の面でもっと先に進めるのに「ここまでやっていただければ結構です」というところで止まってしまうというケースがあります。
そういう意味では、自治体との実証実験は、民間企業がビジネスとして自動運転を活用していくための最短ルートにはなっていません。正直なところ、“実証実験のための実証実験”をやってしまっている節もあります。
もちろん、自治体との協働で得られる資金の供給や周囲との調整などはすごくプラスだったわけです。ただ、テクノロジー面でのスピードだけで見ると、自治体案件の実証実験には意義の薄いものもある。光と影の話ですね。
【参考】関連記事としては「自動運転、実証実験の結果一覧」も参照。
Q となると、たとえば自治体側からリクエストがあっても民間企業側が手を挙げないといったケースが出てくるということでしょうか。
下山 自治体の実証実験は入札ベースで行われます。この入札に参加する企業と参加しない企業がきっちり分かれてきているなというのが最近の印象ですね。実証実験が始まった当初の黎明期には企業にとって、「今ウチは自動運転の実証実験をできるレベルまで来てますよ」というPR効果が大きかった。受託費が安かろうが高かろうが、自治体と協働するメリットがあったんで
す。でも、バス系の自動運転の実証実験が珍しいものではなくなった今、技術的な進歩のチャンスを得るという意味でも、ネームバリューを上げるという意味でも、もうメリットは少なくなってきている。だから企業はこの1、2年、自治体案件を、純粋に受託ビジネスとしてペイするかしないかという観点で見る傾向を強めています。
Q これまでの流れからすると、それは非常に大きな変化ですね。民間企業と自治体による自動運転への取り組みの進み方は、いわば停滞期に入ってきたということですか。
下山 そうですね。何が何でも自治体の自動運転系の案件に誰もが喰いつくという状況でなくなっているのは事実ですね。
■民間・海外と自治体の取り組みはこれほど違う
Q となると、自治体と共同での取り組みと民間企業のみによる取り組みとでは違いが出てきていますか。
下山 必ず違うというわけではありませんが、強いて言えば、地方と都市部という違いはあるかと思います。自治体が絡む案件はほとんどが地方である一方で、都市部では自治体関係の案件はほぼない。東京都がお台場で進めている自動運転構想など例外もありますが、自動運転全体を見たときに目立つのは自治体による地方・バス系の案件。それ以外が民間企業だけによるもので、こちらは都市部・物流系とか都市部・タクシー系です。
また、事業の構造上の違いもあります。自治体はこれまでのところビジネスとして取り組んでいませんので、自動運転のバスを走らせることで得られる大量のデータを活用するとか販売するとか、そういう展開は取りません。データを素材として2次ビジネスが生み出せるんですが、自治体にはそれができない。
民間企業の方は採算が重要ですから、自動運転の運賃収入などでは取れない採算を取るために、データの2次利用といったマネタイズにも必死になる。自動運転そのものだけではない、他の関連ビジネスまでを含めたビジネスモデルについて開発や実験を行っているわけです。バスを動かすことだけに特化しがちな自治体とは、ビジネスの深掘りの仕方がまったく違います。あたりまえの話ではありますが。
【参考】関連記事としては「自動運転、日本政府の実現目標」も参照。
Q 海外の事例との比較ではいかがでしょうか。
下山 今の民間企業のみの案件との違いがさらに大きく、目に見える形になっています。米国や中国ではもうすでに有料サービスとして料金を取る事業──まだ実験レベルではありますが──がスタートしています。そこが日本との最大の違いです。
技術を総体的に見ると、日本と海外で大きな差があるわけではまったくないと考えています。ところが、日本ではまだ絶対できないことが海外ではできているという事例がある。なぜ日本ではできないのかと、真剣に考えないといけません。
その答えは、自動運転に取り組んでいる企業の規模や資金調達力の違いなどさまざまですが、法令や許認可などの面での国の後押しの差もやはり大きい。「このエリアだったら無人で走らせていいよ」という寛容性の差ですね。だから、日本と海外の差というのは、実力の差というより経験の差、踏ませてもらっている場数の差なんです。
■自動運転を進化させるのは「UXファースト」
Q では、日本の自治体による自動運転の取り組みは、今後どのように進んでいくのでしょうか。あるいは、どのように進むべきだとお考えですか。
下山 これまで主に取り組んできたバス系では、自治体側のニーズは引き続き強いわけですし、この分野で頑張りたい企業もたくさんあるので、引き続き連携して自動運転のレベルを無人運転により近づけていくという方向に進むのではないでしょうか。完全無人運転までには、今はオペレーター 1人がバスに乗り込んで1台を担当しているところ、遠隔監視で2台担当できるようになれば、人件費は半分になる。そういう具合にどんどん段階的に進化していくと思います。
もちろん、民間企業の側にはバス系以外にも、タクシー系を頑張りたい会社、物流系を頑張りたい会社、乗用車系を頑張りたい会社など、いろいろあります。自治体が絡む案件はこれまでバス系が中心でしたが、次のステップとしては、バス系と並行してまったくの別の分野にも取り組むという手があります。人の運び方にはバス系以外もありますし、人だけではなくモノを運ぶという課題まで抱えている自治体も少なくありません。過疎地の物流や高齢者の買い物の利便性を、大きなコストをかけることなく維持・改善していく際には、やはり自動運転が鍵になります。
Q 自治体はどのような支援ができるでしょうか。
下山 やはり、自治体の“いいところ”をもっと活かしていくべきだと思いますね。民間でもできることはもう民間に任せ、目指しているゴールに近づくための実証実験へと進んでいった方がいい。ビジネス面の成否に縛られることなく資金と機会を提供できるのが自治体の最も“いいところ”ですから。
たとえば、前述の境町のプロジェクトはかなり長期間にわたって続けていますが、同じことをただ繰り返すのではなく、新たなステップを重ねていくことで、自動運転の技術面、サービス面を進化させてきている。持続させて先導して事例をつくっていくという流れがきちんとできている実証実験だと思います。
また、自動運転によってコストを引き下げていっても、人口が減少する地方でのバス系や物流系では運賃収入だけで収支をまかなうことは難しく、さきほどお話ししたようにモビリティ以外でのマネタイズが重要になります。収集したデータの活用や無人販売の支援などと組み合わせた新しいビジネスモデルの開発にまで、自治体が身体を張って、人柱になる覚悟で積極的に乗り出してくれると、民間企業と一緒にとても面白いことができるようになるんじゃないでしょうか。
Q 最後に、自動運転という技術、サービスそのものは今後、どのように展開すると見ていらっしゃるか、教えてください。
下山 無人運転がどんどん高度化してモビリティのコストが下がっていくと、無人運転によって実現できるUX、ユーザー体験が増えるはずです。それこそ、タクシーやハイヤー、運転手付きの自家用車と同じUXを多くの人が持てるようになる。完全自動運転によってモビリティのコストが10分の1まで低下すると考えられています。となると、東京のタクシーの初乗り料金が今、500円ですので、自動運転化によって50円まで下がるわけです。そうなればもう、誰もがタクシーに気軽に乗れる。こういった、人間が運転していた時代にはなかったUXが、自動運転が進化することによってこれから可能になるわけです。
このように考えてくると、やはり自動運転は結局、目的ではなく手段なんです。この新しい手段を使って、これまで満たされていなかった人間の需要を満たす。そうすることで新しいUXを提供する。これが自動運転の目的です。
「こんな便利なサービスが実現できるから自動運転が必要だよね」という議論から、新しいサービス、新しいビジネスが生まれて、技術がさらに進化する。米国や中国で生まれているUXファーストの土壌が早く日本でも広がることに強く期待しています。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)(監修記事)(対談記事)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)