
「まわりが便利になればなるほどなんの感動もない無機質で横着な人間になります」──。哲学とも言えるこの一節、実は漫画「こち亀」(こちら葛飾区亀有公園前派出所)に登場した一幕だ。
もしかしたら、自家用車が自動運転化された際も、こうした人間の無機質化が進行するのではないだろうか。自動運転による「人間の変化」について考察してみよう。
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■利便性が無機質で横着な人間を生む?
こち亀に関する説明は特に必要ないだろう。単行本200巻を誇るご長寿漫画で、ドタバタ系ギャグが主体だが、車やホビー、アニメなど、さまざまな趣味・嗜好を題材に取り上げることも多く、作中でさりげなく示された「未来はこうなる」的な予知がよく当たることでも知られる。
前出の場面は、こち亀53巻に登場する。ある大学生が「社会の流れもそうです。すべて全自動化され 車なども小学生でも運転できるほど簡単になりました エアコンで夏も冬も関係なし!」と話し、それに続くセリフとして話した内容だ。「人間あまり楽な道ばかりすすむとダメになります 物事の本質を見つめないと!」と締めている。
周りが便利になればなるほど感動もなく無機質で横着な人間になる……という点に共感を覚える人は少なくないのではないだろうか。洗濯板で衣類を洗っていた昔の人は、肌身に染みる水の冷たさで季節を感じていたのではないか。
近年で言えば、携帯電話の登場で電話番号を覚える必要がなくなった。昔は、友人や職場など複数の連絡先が頭の中に入っていたが、今は一件も覚えられない。脳が横着しているのだ。
インターネットやスマートフォンの普及で言えば、自分の足で稼ぐことなく手軽にさまざまな情報を入手可能になった。美しい風景写真も簡単に閲覧することができ、ちょっとやそっとのモノでは感動を得られなくなることもあるだろう。
誰が悪いわけでもなく、何が悪いわけでもないが、利便性と引き換えに何かを失う……ということは珍しくないことかもしれない。

■運転不要のレベル5で外の変化への関心を失う?
「車なども小学生でも運転できるほど簡単になった」とあるが、こち亀53巻は昭和末期に発売されたもので、おそらくAT(オートマ)車の普及が本格化し始めたことを指しているものと思われる。クラッチやシフトレバーの操作が基本不要となり、運転操作が楽になったのは確かだ。
では、さらに利便性が増し、極論となるが自家用車がレベル5相当の完全自動運転となったらどうなるか。まず「運転する」というクルマ特有の楽しさが徐々に失われ、いずれタクシーのように移動するためのプライベート空間になっていくのかもしれない。究極のぜいたく品だ。
この移動するプライベート空間では、映画を観たりゲームをしたり……など、自分の趣味嗜好にあったアクティビティが可能になる。趣味に没頭しているうちに、気づけば目的地に到着していた……といった具合だ。
この空間に慣れれば、次第に外の景色にも興味がなくなるだろう。晴天だろうが雨天だろうが春だろうが冬だろうが関係ない。ドアtoドアで目的地にたどり着けるため、外の天候を気にすることはほぼなくなる。
道路交通に対する意識も希薄になっていくだろう。歩行者や自転車の動向、信号、交差点など気にすることもなくなる。
■現在は四季や天気を感じながら運転
従来の手動運転であれば、フロントガラスに当たる雨粒で雨の強さを感じ、積雪やアイスバーンなどの路面状況を逐次気にしながら走行する。ガラスの曇り具合や凍結状況で季節を感じることもあるだろう。四季や天気を感じながら運転しているのだ。
雪解けごろ、路肩の土手に顔を出したふきのとうを見て春を感じることもなくなるかもしれない。西日の強さで季節を感じることもなくなるかもしれない。まちなかに新しいショップができても気づかないかもしれない。標高が高い場所まで来ても、あまり実感が湧かないかもしれない。
良くも悪くも自動運転車の車内は外の世界と隔離されており、自ら注意を払って運転することがなくなるため、季節や外部環境の変化などに鈍感になっていくのではないだろうか。
運転という体験を通して、人間は五感で無意識的にさまざまなものを感じている。しかし、運転が自動化されることで五感を働かせる機会が減少し、無機質な人間の量産化につながっていくのかもしれない。
【参考】関連記事「完全自動運転(レベル5)とは?いつ実現?課題は?」も参照。
■【まとめ】外の世界を観察する機会が減少し、変化に鈍感になる?
運転の自動化により外の世界を観察する機会が減少し、その変化に鈍感になっていくのでは……といった主旨だ。利便性の高い移動手段として確立されれば、徒歩の機会も減少し、さらに外の変化を実感する機会が失われてしまうかもしれない。
こうした変化は、すべて「情報」としてデータで入手するような時代が将来訪れるかもしれない……と考えると、日々の生活が味気無いものになってしまいそうだ。未来ではそれが当たり前で、人間の感性も知らず知らずに変質していくのかもしれない。
【参考】関連記事としては「自動運転が可能な車種一覧(タイプ別)」も参照。











