国の自動運転施策が本格化してから早10年が経過した。この間、政権は安倍、菅、岸田、石破と移り変わり、2025年10月には高市内閣が発足した。
施策の細かい部分は都度変更されたものの大筋は変わらず、着々と前進を遂げてきたのは周知のところだが、自動運転分野において世界をリードする――といった面では、首をかしげざるを得ない状況だ。
開発・実装とも決して遅いわけではないが、先行する米国・中国が後ろ姿も見えぬほど先行し、日本は団子状態の3番手集団で競っている印象だ。
この状況から本気で自動運転大国を目指すなら、もう「自動運転庁」発足しかない。自動運転技術には、新たな専門行政機関を立ち上げるだけの価値がある。
これまでの日本政府の取り組みを振り返りながら、自動運転庁発足の意義について解説していく。
記事の目次
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■日本政府のこれまでの取り組み
安倍政権下で施策が本格化
日本では、安倍晋三政権下で策定された「官民ITS構想・ロードマップ」で官民協働の自動運転施策が本格的に幕を開けた。自動運転の実現を国家戦略に位置付け、2014年度から2020年度に渡って毎年更新を重ねながら研究開発や法整備などを進めてきた。
その後、2020年代に入って菅義偉内閣、岸田文雄内閣、石破茂内閣と政権は移り変わっていくが、基本方針は踏襲され、自動運転開発や環境整備、実用化を継続して推進している。菅政権では、内閣の下にデジタル庁が創設された。
デジタル庁は、「生活に密接に関連し国による関与が大きく他の民間分野への波及効果が大きい準公共分野(モビリティ)のデジタル化を進め、データの連携と活用のための整備に取り組む」としており、その方策の一つが自動運転だ。
デジタル庁は内閣と近い位置にあるため、国の自動運転事業・施策において司令塔のような役割を担っている。
岸田政権下では、デジタル庁主導のもと新たなロードマップとして「モビリティ・ロードマップ」の策定が行われた。
▼モビリティ・ロードマップ 2025
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/2415ad00-6a79-4ebc-8fb1-51a47b1b0552/b1e4eee0/20250613_resources_mobility_policy_01.pdf
▼モビリティ・ロードマップ 2025(概要)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/2415ad00-6a79-4ebc-8fb1-51a47b1b0552/e06837e8/20250613_resources_mobility_policy_02.pdf
この10年間で、レベル3やレベル4に対応した道路交通法・道路運送車両法の改正が行われ、世界初のレベル3搭載自家用車(ホンダ・レジェンド)の実用化や、国内各地でのレベル4実証加速、一部実用化が進むなど、一定の成果を上げている。
国土交通省によると、2025年4月時点で北海道上士幌町、茨城県日立市、東京都大田区(羽田)、福井県永平寺町、長野県塩尻市、三重県多気町、大阪府大阪市(万博)、愛媛県松山市の8カ所でレベル4自動運転が実装されているという。
【参考】関連記事「【最新版】自動運転、日本政府の実現目標・ロードマップ一覧|実用化の現状解説」も参照。
国の実現目標は達成できるのか?
国が掲げる目標では、2025年度に全都道府県で通年運行の計画策定または実施が行われ、同年度を目途に50カ所程度、2027年度に100カ所以上で自動運転サービス実現を目指す方針が打ち出されている。
また、国土交通省による「第3次交通政策基本計画(素案)」では、自動運転サービス車両数を2025年の11台から2030年に10,000台とする数値目標が盛り込まれている。
いずれも意欲的な目標設定であり、これが実現すれば米国・中国と肩を並べ「世界をリードする自動運転大国」と言っても間違いではなくなるだろう。
しかし、現状の進捗を踏まえると、厳しい現実を直視せざるを得ない。2025年度中の自動運転サービス50カ所はおそらく未達成となる。2030年に10,000台とする自動運転サービス車両も、自動運転タクシーの大幅普及なくして実現は不可能な数値と言える。
民間や自治体に目を向けると、現在の自動運転関連の補助は自治体向けが中心となっている。自動運転導入に意欲のある自治体の取り組みを支援するものだ。
50カ所、100ヵ所の導入目標を満たすにはこうした形の補助が有効かもしれないが、実態として、「やってます」「取り組んでます」感を出すことに終始している印象の自治体も正直なところ存在する。中身やビジョンがないのだ。
また、長期実証ならばよいが、一週間など限定の取り組みでどれだけ成果が出せるのか疑問を拭えないものもある。お試し実証レベルだ。
こうした実証に参加する開発事業者も、内心効率の悪さを嘆いているのではないだろうか。本気で実用化を目指すには、明らかに走行実証が不足しているのだ。
こうした現在の取り組み方では、レベル2実証ばかりが増加し、目標達成は困難となる。本気で自動運転大国を目指すのであれば、体制を一新して臨むくらいの大胆な改革が必要となる。交通政策の一要素に留めず、自動運転を国策に据えるくらいの改革だ。
【参考】関連記事「自動運転バスの実用化状況・車種は?【導入コストのデータ付】」も参照。
自動運転庁で自動運転大国へ前進
そこで思い浮かぶのが、「自動運転庁」の発足だ。国土交通省の外局などではなく、デジタル庁のように内閣に置かれた独立組織として自動運転に関する取り組みを集約するのだ。
積極財政派として期待される高市早苗新政権には、経済界からも熱い視線が送られるところだが、未来に向けた成長投資として独自色が盛り込まれそうなのはサイバーセキュリティ関連くらいで、残りは既定路線に色付けしていくようなイメージを受ける。
発足間もないため仕方がないところだが、もっと尖った戦略を打ち立てても良いのではないだろうか。
自動運転であれば、道路交通の安全向上やドライバー不足の解消といったわかりやすい効果を打ち出しやすく、政治家や国民の理解を得やすい。その上、新産業における国際競争力を一気に高めることが可能になる。
以下、自動運転庁創設のメリットについて考えていこう。
■自動運転庁発足の意義
縦割り行政の解消
現状、自動運転関連の取り組みは、道路や自動車などを管轄する国土交通省や、経済・サービス面を管轄する経済産業省、道路交通ルールを管轄する警察庁などが中心となっている。
各省庁とも連携強化に努めているが、母体が異なるために完全な連携には限界がある。議論の際も、「一度持ち帰って」上の判断を仰がなければならないことも少なくないだろう。
そこに自動運転庁を発足し、自動運転に関する事業を一元的に取り扱うのだ。関連事業や議論の結論を自動運転庁で出す仕組みを構築できれば、意思決定や事業のスピード感が上がる。
複雑で多岐に及ぶ検討課題をしっかりと網羅
自動運転開発・実装に関する課題は、当然ながら各省庁にまたがるが、こうした所管を超えた存在として自動運転庁が機能すれば、個別の課題も連動させながらスムーズに議論することができる。
車両関係は国交省、交通ルールは警察庁、通信システムは総務省……といった縦割りが排除され、統合・連動する形で自動運転に関する検討を行うことができる。
個別・固有の知識は各省庁が有しているため、当然自動運転庁単独ですべての判断を下せるわけではない。そこで、各省庁の大臣や官僚が都度自動運転庁に出向き、自動運転庁に主導権を持たせつつ合議する形をとる。合意形成の場としての役割だ。
合意形成の場であり、かつ結論を導き出す場として機能し、ここで決定した自動運転関連事項を各省庁に下ろす形などが考えられる。
国の施策もスピード感と専門性がアップ
合意形成の場が統一されることで、事業を決定するスピード感も増す。当面は国交省などからの出向も考えられるが、専門庁として発足することで職員の専門性も高まっていく。
同庁採用職員は異動も庁内となるため、部署が変わっても常に自動運転関連であり、より専門性の高い組織を築くことが可能になるだろう。
ワンストップサービスや情報集約もスムーズに
事業者や自治体なども、自動運転庁に出向けばすべての用事を済ませることができる。これは国土交通省、これは警察庁……といったこともなく、すべての手続きを自動運転庁で済ませることができるようになる。
もちろん、地方における警察署への届け出などは従来通り行うことができる。こうした情報を自動運転庁が一元的に管理できる体制が整えば、情報収集・管理も効率的に行うことができる。
民間や自治体の実用化を加速
管轄庁の効率が上がれば、当然民間の開発や実用化も加速していく。実用化に取り組む事業者や自治体が抱える課題を集約し、実態に即した施策や補助で民間や自治体の取り組みを後押ししやすくなる。
国策として自動運転に取り組んでいるため、予算付けも行いやすくなるだろう。また、国を挙げて自動運転を推進していることが国内外に伝われば、投資も呼び込みやすくなる。
民間開発には莫大な資金が必要だ。米中と日本の差は、この投資の差と言っても過言ではない。文字通り桁が違うのだ。潤沢な投資資金のある海外企業は、数十台規模のフリートで走行実証を重ね、技術を磨くことができる。しかし、日本では独自に数十台規模の実証を行う余力があるのは、自動車メーカーの身に限られる。
もちろん、成果を挙げられなければ廃業に追い込まれるのも然りだが、そのくらいのリスクと覚悟で開発に臨まなければ、米中との差は開く一方だ。
国際競争を勝ち抜くため
自動運転開発・実用化競争が本当の意味で激化するのはこれからだ。多くの開発企業は自国内での開発・サービスに留まるが、ここ数年技術のグローバル化が進み始めた。先頭集団を走る米Waymoや中国WeRideなどがその代表格だ。Waymoは日本進出も計画している。
手をこまねいていては、国内開発企業の大半が飲み込まれる……と言っても過言ではないほど技術の差は大きく開いている。ここで負ければ、将来の自動運転市場をも失いかねない。
国際競争に勝つためにも、自動運転庁発足はマストと言える。
■自動運転に取り組む意義
将来、自動運転は社会を一変させる
自動運転を単に「クルマの自動化」と捉えれば、わざわざ新庁を作ってまで力を入れることか?……と言われそうだが、よく考えてもらいたい。
短期的には自動運転技術の導入は限定的だが、20年、30年後にはレベル5技術が確立し、人間のドライバーを上位互換する運転技能や安全性能を誇るようになる可能性が高い。その水準まで技術が達すれば、道路を走行する車両の大半が自動運転化される。
「運転する楽しみ」や「マイカー」という概念は徐々に失われていき、手動運転車は稀な存在となる。運転免許制度も特別なものとなる。
交差点をはじめとする道路構造も一変し、まちの構造にもイノベーションがもたらされる。手動運転向けに整備されていた道路は、自動運転を前提とした高効率的なものへ変わっていく。それに合わせ、歩道などの歩行者スペースも有効活用が進む。
道路交通法なども自動運転がベースとなり、従来より制限速度が高く設定されるなどより快適な移動が可能になるかもしれない。
モノの輸送も無人化され、宅配ロボットが宅配ボックスと連動するシステムによって受け渡しまでが完全無人化される。そのころには、「動くもの」の多くに自動運転技術が応用されているだろう。動かしたいモノやサービスも自動運転技術で移動させる時代となる。
自動運転技術は、社会を一変させるポテンシャルを有する。現時点ではクルマを中心に開発が進められているが、技術の応用範囲は非常に広い。安全で利便性の高い想像上の未来都市には、自動運転技術が欠かせない。
人やモノの移動は社会に欠かせないものであり、そこを無人化・自動化する技術は産業革命レベルの大きなイノベーションとなるのだ。
この未来国家のビジョンを鮮明にし、世界に先駆けて実現していく一大構想を打ち立てれば、自動運転庁の発足はむしろただの第一歩に過ぎない存在となる。
そこまでの一大構想を現時点で高市政権に求めるのは酷かもしれないが、遅かれ早かれ世界はこうした方向に動いていく。AIや半導体など先進分野で世界に埋もれる日本の復権に向け、こうしたビジョンを前面に打ち出して国策化すれば、いやでもAI・半導体などの要素技術も発展する。国際競争力・存在感は今の比ではないだろう。
■【まとめ】議論が始まってもおかしくはない……
目先の話ではなく、20年、30年後を見据えた場合、ここで自動運転開発競争に負けるのは大きな産業を失うことに繋がる。20~30年前にIT系テクノロジーで水をあけられたのと同様のことが起きかねないのだ。
こうした未来を見据えれば、高市政権下で自動運転庁発足に向けた議論が始まってもおかしくはないはずだ。自動運転に今一度着目し、高市総理にはぜひ目玉施策の一つとして盛り込んでいただきたいところだ。
【参考】関連記事としては「自動運転トラック、国交省が「予算40倍」を決断」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)