米グーグルの持ち株会社Alphabetが、自動運転開発を手掛ける子会社Waymoに最大50億ドル(約7,700億円)を投資すると発表した。
グループとして自動運転開発・実用化に本腰を入れる構えだが、タイミング的に「テスラ潰し」の意図が隠されているのでは──とする見方もあるようだ。
グーグル陣営の思惑が見え隠れする大型投資となりそうだが、裏を返せばそれだけ自動運転開発・サービス競争が激化しているとも言える。Waymoの動向をはじめ、米国で自動運転タクシー開発を進める各社の最新動向に迫る。
記事の目次
■グーグル・Waymoの動向
50億ドルの複数年投資を決定
Alphabetはこのほど、2024年第2四半期(4~6月)の決算を発表した。売上高は847億4,200万ドル(前年同期746億400万ドル)、純利益は236億1900万ドル(同183億6,800万ドル)と伸びを見せた。AI(人工知能)関連が新たな成長をけん引したという。
決算報告の中では、連結VIE(持分変動事業体)のWaymoの継続的な運営に向け最大50億ドルの資金を提供することを約束したと発表した。
AlphabetからWaymoへの出資は、明らかにされている外部資金調達においては2020年に実施した総額23億ドルのベンチャーラウンド以来となる。
なお、Waymoは2021年にも7億5,000万ドル、25億ドルをそれぞれ調達しており、サプライヤー大手Magnaや自動車販売・レンタカー事業を手掛けるAutonationなどが参加している。Waymoの企業価値は300億ドル(約4兆6,000億円)超と言われている。
決算報告の場で、AlphabetおよびグーグルCEO(最高経営責任者)を務めるスンダー・ピチャイ氏は「Waymo の進歩に非常に満足している。同社はこの分野の真のリーダーであり、ユーザーから絶賛されている。これまでに200万回以上の移動に対応し、公道で2,000万マイル以上の完全自動運転走行を実現した。現在、主にサンフランシスコとフェニックスで毎週5万回以上の有料公共乗車を提供している。6月にはサンフランシスコで利用者の待機リストを削除し、誰でも乗車できるようにした。ベイエリアの他の場所でも無人の完全自動運転のテストが進行中」と状況を説明した。
また、CIO(最高投資責任者)を務めるルース・ポラット氏は「長期的な利益を狙って投資する中、全体的な効率性の向上に引き続き注力する。Waymoは技術的リーダーシップと業務パフォーマンスの進歩を併せ持つ重要な例」と評し、「当社は50億ドルの新たな複数年投資を行うことを決定した。この新たな資金調達は最近の年間投資レベルと一致しており、これによりWaymoは引き続き世界をリードする自動運転技術企業として成長することができる」としている。
サービス拡大中、グループのAI開発にも貢献
Waymoは2024年6月、自動運転タクシー発祥の地であるアリゾナ州フェニックスのサービス提供エリア拡大やカリフォルニア州サンフランシスコでのサービス一般開放を実施するなど取り組みを加速している。
ロサンゼルスとテキサス州オースティンでも無人サービス・実証に着手しており、こうした商用化をAlphabetとしてもしっかりとバックアップしていく構えだ。
また、グーグル(Alphabet)グループ全体がAI技術の開発に注力しており、その一部はWaymoの自動運転タクシーと共同で研究している。LLM(大規模言語モデル)同様、生成AIの進化においては、交通分野で大量の画像データを収集・活用できるWaymoも貢献しているようだ。
マスク氏のロボタクシー構想に早期対応?
一方、今回のAlphabetによる巨額出資に関し、一部では「テスラ潰し」がささやかれている。テスラを率いるイーロン・マスク氏は2024年4月、Xに「Tesla Robotaxi unveil on 8/8(テスラロボタクシーが8月8日に明らかになる)」と投稿した。
発表は10月に延期されたが、業界関係者としては無関心でいられるものではなく、タイミング的に「テスラを意識して自動運転事業を強化していくのでは?」――とする見方だ。
テスラの構想の詳細は発表を待つしかないが、マスク氏の性格を考えれば想像の斜め上を行くようなとんでもない計画を発表する可能性があり、その影響力・カリスマ性は決して無視できるものではない。
ただちに自動運転タクシーサービスを開始できるような水準には達していないものと思われるが、業界関係者として脅威に感じるのもある意味必然と言えるだろう。
今後オースティンが激戦地に?
こうした「VS.テスラ」の動向は、今後のオースティンでの取り組みを見ていれば明らかになる可能性が高い。テキサス州の州都であるオースティンは自動運転実証が盛んな都市の1つで、開発各社が実証に力を入れているが、同市はテスラの本拠地でもあるためだ。
テスラはこれまで事実上の本拠地をカリフォルニア州に構えていたが、手狭となったことを理由にギガファクトリーが立地するテキサス州への移転を進めていた。登記上の本拠地もデラウェア州となっていたが、自身の巨額報酬パッケージを州裁判所が無効と判断したことに激怒し、こちらもオースティンに移したようだ。
各メディアによると、スペースXやXもオースティンに移転する計画のようで、名実ともにオースティンはマスク帝国となりそうだ。
テスラが自動運転タクシーをどういった手法で実現していくは未確定だが、お膝元となるオースティンが最有力地となることは間違いないだろう。このオースティンをめぐり、実証中のWaymoがどのような攻勢を仕掛けるか……という点は非常に興味深いところだ。
■各社の動向
オースティンでも2024年中にサービス開始予定
Waymoは2018年にフェニックスで自動運転タクシーサービス「Waymo One」を開始したのを皮切りに、2021年にサンフランシスコ、2024年に同州ロサンゼルスとサービス対象都市を徐々に拡大している。
フェニックスでは2019年に無人サービスを開始し、2023年、2024年にサービス提供可能なエリアも順次拡大を図っている。そのエリアは現在315平方マイル(約816平方キロ)に達しており、東京23区の面積(622平方キロ)を超えている。
サンフランシスコではほぼ全市域を収める47平方マイル(約122平方キロ)でサービス展開しており、2024年6月には順番待ちとなっていた利用者登録を撤廃し、誰でも利用可能とした。
ロサンゼルスでは2024年3月にWaymo Oneを正式に開始し、63平方マイル(約163平方キロ)のエリアで先行登録者を対象にサービスを提供している。オースティンでもすでに限定利用者を対象にサービス実証を重ねており、2024年後半にWaymo Oneの運用を開始する計画だ。
【参考】Waymoの取り組みについては「Waymo/Googleの自動運転戦略(2024年最新版) ロボタクシーの展開状況は?」も参照。
CruiseはOrigin開発中止、初心に帰る
GM傘下のCruiseも2022年に満を持してサンフランシスコで自動運転タクシーサービスを開始した。Waymoに追い付き、追い越せとばかりに拡大路線に力を入れ、2023年5月までにフェニックスとオースティンでもサービスを展開していた。
しかし、2023年10月にサンフランシスコで発生した人身事故を引き金に州当局から営業停止と無人走行試験許可の即時停止を通告され、創業者兼CEOのカイル・ヴォグト氏が辞任する事態に発展した。
Cruiseは他エリア含め無人運行を中止し、初心に帰る形で現在ドライバー常駐状態での実証をフェニックスとテキサス州ヒューストン、ダラスで実施している。
また、GMは2024年7月、自動運転サービス専用のオリジナルモデル「Origin」の開発を中止することを発表した。専用設計ゆえの不確実性を排除するため、次世代Chevrolet Boltをベースにした開発に重点を置くとしている。
GM、Cruiseと共同戦線を張るホンダは、東京都内で2026年初頭にOriginを活用した自動運転タクシーサービスを開始する計画を発表しているが、こちらも変更を余儀なくされそうだ。
今後、Cruiseはどのタイミングでどのような改善を図った上で無人サービスに復帰するのか。開発各社にとっても他人事ではなく、注目が集まる1件だ。
【参考】Cruiseの動向については「営業停止に至ったGMの自動運転タクシー、「事故率は人間以下」は嘘だった?」も参照。
Zooxはラスベガスで2024年中にサービスイン予定
アマゾン傘下の自動運転開発企業Zooxもついに正式に名乗りを上げた。2024年後半にネバダ州ラスベガスで自動運転タクシーサービスを開始する予定だ。
同社もOriginのような自動運転専用設計のオリジナル車両を開発しており、運転席などを備えないモデルでの自動運転タクシーサービスは世界初となる可能性がある。
ラスベガスのほか、フォスターシティ(サンフランシスコ)でも従業員を対象にサービス実証を重ねている。2021年にワシントン州シアトル、2024年夏にオースティンとフロリダ州マイアミでも公道実証を開始している。
Cruiseが立ち止まった今、計画通り進めばWaymoを追いかける筆頭候補に急浮上することになる。親会社のアマゾンの戦略とともに、今後の動向に要注目の1社だ。
【参考】Zooxの取り組みについては「Amazonの自動運転タクシー、結局「テスラより先」に一般展開へ」も参照。
テスラは10月にロボタクシーの概要発表予定
マスク氏は早くから自動運転車のシェアリングサービス構想をしたためており、2019年の投資家デーでロボタクシー構想として具体化した計画を発表した。
当時の発表では、FSD(Full Self¬-Driving)を搭載した自動運転車を自家用車としてリース契約し、マイカーを使用しない時間帯、オーナーはテスラの配車サービスプラットフォーム「TESLA NETWORK(テスラネットワーク)」に登録することでマイカーをロボタクシーとして無人で稼働させることができる――といった内容だった。
実稼働時間が少ないマイカーを有効活用する良策で、タクシーサービスによる利益を高額になりがちな自動運転車の支払いに充当することもできる。
マスク氏が今後正式発表する計画が、この構想をブラッシュアップしたものか、あるいはまったく別の構想なのか大きな注目が集まる。マスク氏はロボタクシーの名称を「Cybercab(サイバーキャブ)」としているが、これが自家用車なのかサービス専用の商用車となるのかも大きなポイントだ。
当初の構想通りであれば、どのような工程を踏んで自動運転サービスを実現するかも注目だ。自動運転サービス実現には各州の許可が必要で、ODD(運行設計領域)を設定しなければならないが、本来自家用車にODDはない。
レベル3相当に進化したFSDを各オーナーに使用してもらい、自動運転が可能と見込まれるODDを徐々に拡大していくのか。その上で、オーナーがセーフティドライバーとなり、ライドシェアサービスの形で自動運転タクシーサービスに着手するのか……など、さまざまな手法が考えられる。
近く発表されるだろうマスク氏の新たな構想、戦略に期待したい。
【参考】テスラの動向については「テスラの自動運転タクシー、「発表日」まで残り1カ月!マスク氏の宣言は現実になるか」も参照。
■【まとめ】オースティンの注目度が急上昇?
これまで自動運転開発の中心地はカリフォルニア州で、同州とアリゾナ州フェニックスがサービス実用化面でも目立っていたが、今後はオースティンが激戦地となり、注目が一気に高まる可能性がありそうだ。
テスラがどのような工程で自動運転タクシーサービスを展開していくのか。そしてWaymoをはじめとする各社はどのような戦略でテスラを迎え撃つのか。活気づいてきた各社の動向に改めて注目したい。
【参考】関連記事としては「Googleの自動運転企業「最も影響力のある企業100社」に選出」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)