移動に利便性をもたらすMaaS(Mobility as a Service)関連の取り組みが各地で進められている。国内全エリアを網羅するところまで普及するかは不明だが、もはや特段珍しい存在ではなくなった印象だ。
近い将来、移動においてスタンダードな存在となりそうなMaaSだが、課題や問題点も見え隠れしている。MaaSが抱える課題にはどのようなものがあるのか、2022年11月時点の情報をもとに解説していく。
記事の目次
■MaaSとは?
MaaSは直訳すると「移動のサービス化」を意味する。多くの場合、さまざまな交通手段を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ新たな移動の概念を指す。
各交通サービスの統合の度合いによってMaaSレベルが定義されており、レベル1は「情報の統合」、レベル2は「予約・決済の統合」、レベル3は「サービス提供の統合」、レベル4は「政策レベルでの統合」をそれぞれ指す。
例えばレベル2では、MaaSアプリを利用してA地点からB地点に行く際、複数の移動手段を使用してもまとめて予約や決済を行うことが可能になる。レベル3では、各交通事業者がMaaS上で一体となってサービス提供を行う。移動手段をまたいだ定額料金の設定やサブスクリプションサービスなど、あらゆるサービスが可能となる。
国内では、都市型や地方型、観光型など各エリアの実情を反映したMaaSモデルの導入が進められている。自治体主導のものや民間主導のものなどさまざまだ。また、交通サービスにとどまらず、観光施設や飲食店などを移動と結び付ける形でサービス化する取り組みも盛んだ。
詳しくは下記リンク先を参照してもらいたい。
【参考】MaaSについては「MaaS解説」も参照。
■課題その1:利用者全員のデジタル対応が困難
MaaSの普及には、高齢者や子どもを含む全ての利用者がデジタルに対応することが望ましい。アナログ環境でもMaaSの利用は不可能ではないが、スマートフォンアプリやキャッシュレス決済などのデジタル利用に統一・限定した方が効率的な事業運営に向いていることは言うまでもない。
ただ、利用者全員にスマートフォンの所持を強制することはできず、代替手段としてICカードや切符・チケットの類などで別途対応しなければならない。
MaaS利用の理想の1つとして、完全自動精算システムが挙げられる。乗り物ごとにスマートフォンなどをかざして「ピッ」とするのではなく、顔認証システムなどによって乗客一人ひとりが自動で認識され、乗車区間に基づいて自動で精算される仕組みだ。
こうしたデジタル対応は、将来の自動運転モビリティでも役立つ。完全デジタル化をスタンダードにするのは困難かもしれないが、経営効率や利便性を高めるためのDX(デジタルトランスフォーメーション)化を前提に、デジタル対応の在り方をしっかりと模索していかなければならない。
【参考】MaaSにおける顔認証については「「自動運転バス×顔認証」に秘める可能性 リピート客への割引運賃適用も可能に」も参照。
■課題その2:柔軟な運賃設定が困難
移動に利便性をもたらすMaaSにおいては、柔軟な運賃設定の可否もカギとなる。現状、道路運送法の縛りにより自由に価格設定することは困難だが、サブスクリプションやダイナミックプライシングなどを導入し、他MaaSとの差別化やサービス・利便性の向上を図ることも肝要だ。
さまざまなモビリティが月定額などで利用できるサブスクリプションの導入は、MaaSレベルの引き上げにつながる。日常的な公共交通の利用を促進する上で有用な選択肢となる。
一方、需給に合わせて柔軟に料金を変動させるダイナミックプライシングは、交通全体の最適化や採算性の向上などに役に立つ。こうしたさまざまな運賃体系を導入可能な制度設計が求められるところだ。
国内MaaSでは、1日乗車券などの設定はスタンダード化し始めている。サブスクリプションは、三井不動産が千葉県などで取り組む元祖MaaSアプリ「Whim(ウィム)」で実証が進められているところだ。
【参考】MaaSにおけるサブスクリプションについては「三井不動産、日本初のマンション住民向けMaaSサブスク!Whimを導入」も参照。
ダイナミックプライシングに関しては、駐車場料金やEV(電気自動車)の充電ステーションなどで実証・導入を図る動きがあるが、MaaSの中で大々的に取り組む例はない。
ただ、全国ハイヤー・タクシー連合会が改革プランの一環としてダイナミックプライシング導入に向けた取り組みを進めており、繁忙指数を使った変動迎車料金の実証などを行っている。
業界における公正な競争を担保しつつ、どのように柔軟な運賃設定を可能なものに変えていくか、要注目だ。
【参考】タクシー業界におけるダイナミックプライシングについては「タクシー2.0時代、20の革新 自動運転やMaaSも視野」も参照。
■課題その3:MaaS同士の競合による非効率化
都市部や観光地などでは、MaaS同士が競合することがある。利用者や異業種参入・連携などの機会が多く、ビジネス性が高いためだ。MaaSの認知度・利用者が増加し続けるだろう今後、こうした競合も増加し続けるものと思われる。
本来、こうした競争は価格低下やUX(ユーザーエクスペリエンス)・UI(ユーザーインターフェイス)の向上、サービスの質の向上などの観点から歓迎したいところだが、同一エリアで事業を営む交通事業者がそれぞれMaaSを展開した場合、事と次第によってはエリア内の移動サービスが分断される可能性もある。ライバルと言うより敵対関係のようなイメージに近づくと、こうしたサービスの低下を招きやすい。
異業種連携などのサービス向上は高まりそうだが、複数のMaaSが利益を食い合うと収益性は低下し、最終的には淘汰が始まる。利用者目線では、その過程においてサービス向上が図られる面とサービスが低下する面が共存する可能性があるのだ。
競合自体は避けられず、また否定するものではないが、MaaSの本質である移動サービスの質・利便性を落とさない形で競合し、進化し合う関係性を築いて地域全体が活性化する取り組みが求められる。
■課題その4:それぞれのエリアで別途MaaSアプリが必要
比較的長距離を移動する際などは、各MaaSエリアをまたぐ形となり、それぞれのエリアでそれぞれのMaaSを利用することになる。移動が多い方のスマートフォンは、MaaSアプリだらけになりそうだ。
MaaSアプリを使い分ける必要があるが、利用可能な機能やUIなどに大きな違いがあると非常に使いにくい。
「MaaS関連データの連携に関するガイドライン」では、交通データのAPI仕様の標準化など事業者間のデータ連携の在り方が示されているが、一定のUI標準化など利用者目線における業界の取り組みにも期待したい。
【参考】関連記事としては「MaaSアプリ、まとめて解説!新潮流、国内で続々リリース!」も参照。
■課題その5:交通結節点の整備
アプリ上で各モビリティが連携していても、リアル環境での連携が乏しいケースは珍しくない。乗り継ぎに伴う乗り換え地点や時刻の問題だ。
エリアにおける交通結節点は、多くの場合駅に併設、もしくは最寄りの場所に設置されている。鉄道駅付近にバスターミナルやタクシープールを設置し、乗り継ぎに利便性をもたらしている。王道の交通結節点だ。
ただ、今後はカーシェアやサイクルシェア、電動キックボードをはじめとした新モビリティシェアなど、さまざまなモビリティサービスが各地に誕生する可能性がある。
こうした新モビリティサービスにもしっかりと門戸を開いたモビリティハブを設置し、可能な限りエリア全体の交通最適化を図ることが望まれる。
そのためには、都市計画なども絡めたまちづくりが求められることになりそうだ。
なお、大日本印刷が開発する「DNPモビリティポート」のように、交通結節点の機能・在り方を刷新していく取り組みなども行われている。
【参考】交通結節点に関する取り組みについては「「街の交通結節点」を大日本印刷が開発!将来は自動運転バスの発着場にも?」も参照。
■【まとめ】各地域のMaaSの進化・発展に要注目
各地域における交通・移動を最適化するサービスは、公共交通を含む観点から全ての住民が利用可能であることが求められる。その一方で、サービスを最大限効率化するためにはデジタル化が欠かせない。この溝をどのように埋めていくかは、MaaSに限らず多くの分野で近々の課題となっている。
また、自動運転をはじめとする新たな移動手段が今後続々と誕生することが予想されるが、こうしたモビリティにどのように対応していくかも課題となる。さらには、日本版MaaSの特徴になりつつある異業種連携をどのように図り、地域全体を活性化させていくか――といった観点も忘れてはならない。
もちろん、これらの課題は全て解決可能なものであり、正解が定まっているわけでもない。社会実装が始まったばかりのMaaSには大きな進化の余地がある。各MaaSが今後どのように課題を解決し、発展していくのか、要注目だ。
【参考】関連記事としては「自動運転・MaaSと地方創生、「推進交付金」採択事業は?」も参照。
■関連FAQ
「Mobility as a Service」の略。直訳すると「サービスとしてのモビリティ」。移動をサービスとして展開する、といった意味を指すが、さまざまな移動手段の検索・予約・決済を一元化するという意味で使われることも多い。
MaaSの普及には利用者のデジタル対応が求められる。そのため、デジタル対応ができていない人はMaaSの恩恵を受けにくいことがある。
地域ごとにMaaSアプリが展開されると、利用者は移動するエリアが変わるごとに、新たなアプリをインストールしないといけなくなる。こうしたわずらわしさをどう解消するかもカギとなる。
MaaSでは、さまざまな移動手段を一元化することが主な方向性となるが、移動手段を提供する事業者は、それぞれがライバルである場合が少なくない。そのため、事業者連携がうまく進んでいかない可能性もある。
実証レベルではさまざまなMaaSアプリが存在するが、その中でも存在感が強いのは、トヨタが開発した「my route」だ。
(初稿公開日:2022年9月15日/最終更新日:2022年11月30日)
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)