トヨタと自動運転、レベル4車両の事故でも「人」が送検される理由

「自動運転車の責任」を改めて考える

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東京モーターショーでe-Paletteについて語るトヨタの豊田章男社長=出典:トヨタプレスリリース

東京五輪・パラリンピックの選手村で運行中のトヨタの自動運転車「e-Palette(イーパレット)」が起こした人身事故で、警視庁は車内オペレーターを過失運転致傷の疑いで近く書類送検する方針であることが報じられた。

自動運転車でもオペレーターに責任が生じるのか――と一部で話題になっているが、これには誤解が含まれている面もある。

この記事では、同事故の概要とともに、自動運転の事故責任について解説していく。

■事故の概要

イーパレットによる事故は、2021年8月26日、東京五輪・パラリンピックの選手村内で起こった。選手らの移動目的で選手村内の道路を運行中のイーパレットが信号機のない丁字路に差し掛かった際、横断中の視覚障がいのある選手に接触したのだ。

イーパレットが丁字路を右折する際、センサーが人を検知したため一時停止し、オペレーターが安全を確認した後発進したが、道路を横断する歩行者を改めて検知し自動ブレーキが作動した。オペレーターも緊急ブレーキを作動させたが間に合わず、車両が停止する前に歩行者と接触した。

選手は軽傷で、約2週間のけがを負ったという。当時、車両にはオペレーター2人と乗客5人が乗っていたが、いずれもけがはなかった。

事故後、トヨタはただちにイーパレットの運行を全面停止し、原因究明を進めるとともに組織委員会と再発防止に向けた検討に着手した。

8月30日の公式発表で、トヨタは選手村における安心・安全な交通流は「歩行者」「車両」「誘導員を含むインフラ」の3要素で構成されているとしている。事故が発生した交差点には2人の誘導員を配置し、適時歩行者や車両の安全管理を行っていたという。

ただ、パラリンピックのように多様な人が利用する状況下において、誘導員が複数方向からの歩行者や車両の動向を確認できる環境ではなく、また誘導員とオペレーター間の連携の仕組みが十分ではなかったことを事故の要因に挙げた。

運行を再開するにあたり、選手村内の歩行環境や移動時のルールなどをあらためて周知するとともに、誘導員をそれまでの6人から20人体制に増員し、車両担当と歩行者担当に分離して専業化するなど、安全に誘導できる体制の再構築を図った。

イーパレットも搭乗員を増員し、オペレーターの再教育や接近通報音の音量アップ、マニュアル運転対応など改良を図っている。

■自動運転実証における責任の所在
レベル4実証は「実質レベル2~4」で行われている

現在、国内及び世界各地で進められている自動運転実証の多くは、ドライバーレスを実現する自動運転レベル4を目指したものだ。人の移動やモノの輸送といったサービス用途の自動運転車は、いかに無人化を図るかがカギとなり、セーフティドライバーや保安員を同乗する形で公道実証が進められている。各国の交通ルールによるが、技術が高度化し規制上の問題をクリアすれば、無人で実証を行うことも可能だ。

ドライバーレスによる走行は、基本的にレベル4、あるいは遠隔監視・操作によるレベル3に該当する。ドライバーレスのため、当然ながら運転手は不在となる。

一方、セーフティドライバーが同乗するケースは、その役割によって実走行のレベルが異なってくる。保安員が同乗しているものの運転操作にはかかわらないレベル4走行もあれば、自動運転システムからの要請に応じて手動介入するレベル3、常時監視義務を負い、随時手動介入するレベル2状態で走行しているケースもある。

日本における公道実証の多くは、法律上ドライバーレスが認められていないため、特別な許可がない限り実質レベル2状態で実施している。

レベル3以上は運行供用者に責任?

では、レベル2~4の各車両が事故を起こした際の責任は誰が負うことになるのか。レベル2はあくまで自動運転ではなく先進運転支援システムによる走行に該当するため、従来と同様基本的にはドライバーがすべての責任を負う。

一方、条件付きで自動運転を可能にするレベル3における事故の責任については、いまいち判然としない。道路交通法では「自動運行装置を使用した運転も従来の運転に含める」旨が明記されたが、自動運行装置を正しく使用している際に適用除外として明記されているのは、走行中の携帯電話の使用などを禁じる「第七十一条第五号の五」の規定にとどまる。システム作動外の事故は当然ドライバーの責任となるが、作動中の事故については明示されていない。

▼道路交通法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105

ただ、レベル3におけるドライバーは、自動車損害賠償保障法(自賠法)で言う運行供用者にあたるため、自賠責法上は、ドライバーが責任を負うことになるものと思われる。

国土交通省が設置した「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」においても、自動運転システム利用中の事故における運行供用者責任をどのように考えるかが大きな焦点となっている。

自動運転システムの欠陥が事故要因となった場合、迅速な被害者救済の観点などから従来の運行供用者責任を維持しつつ、保険会社などによる自動車メーカーなどに対する求償権行使の実効性確保のための仕組みを検討していくことが適当と結論づけている。

そして自動運転レベル4の車両を使った運送サービスでは、「顧客に対して運送サービスを提供する車両の保有者である自動車運送事業者」が「運行供用者」と解されることになりそう(詳しくは「自動運転における損害賠償責任に関する研究会 報告書」のP7〜9を参照)で、あくまで自賠法の観点においてである点は留意頂きたいが、自賠法においてはレベル4の事故の責任は「運送サービスを提供する車両の保有者である自動車運送事業者」にあると解釈される可能性がありそうだ。

■事故当時のイーパレットは「自動運転」ではない

イーパレットの事故に話を戻す。選手村でのイーパレットの運行は、主に実質レベル2で行われていたという。車内にハンドルやアクセルなどの装置は搭載されていないが、オペレーターがジョイスティックで操作する仕組みだ。

ただ、ジョイスティックの操作は左右の挙動が難しいため、曲がる際は自動制御システムを作動させていたという。事故発生時、丁字路に差し掛かったイーパレットは、自動制御で右折を開始し、横断歩道の前で一時停止した。安全確認後、オペレーターがジョイスティックで前進を指示した直後に歩行者と接触したという。

いずれにしろ、選手村におけるイーパレットの運行はレベル2で行われており、車内オペレーターの役割はドライバーに相当する。レベル4を可能とするイーパレットであっても、運行形態がレベル2である以上、それは自動運転ではなく先進運転支援システムを活用した通常の運転に過ぎないと解される。

つまり、本件における車内オペレーターは、一般的なバスドライバーなどと同様、業務として移動サービスを担うドライバーに相当するのだ。

■【まとめ】実質的な運行形態が責任の所在を左右する

自動運転車による事故でも、実質的な運行形態によって責任の所在は変わる。本件はあくまでレベル2の運行であり、車内オペレーターによる安全確認に不備があったことが要因とされたため、書類送検が検討されているのだ。

今後の焦点は、ドライバーが存在するレベル3・レベル4における責任の所在の明確化だ。現状、事故時の責任はドライバーが負うことになりそうだが、事故の要因が自動運転システムに起因するものでドライバーに一切の過失がない場合、ドライバーがメーカーなどを訴える可能性がある。

万が一自動運転システムが道路交通法に違反した場合なども同様だ。あってはならない話だが、例えば自動運転システムが一時停止を見逃して切符を切られた場合、ドライバーとしてはたまったものではない。自動運転システムそのものの信頼性を揺るがす重大な事象だが、こうした際に道路交通法上どのような対応がなされるべきか、明確にすべきだろう。

【参考】イーパレットによる事故については「トヨタの自動運転車事故から「ヒューマンエラー対策」の重要性を考える」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



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