未来の自動車業界のトレンドを示す「CASE」(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の中で、既に日本で実サービスとして大小さまざまな企業が事業を展開している領域が、「S(シェアリング)」におけるカーシェアだ。
従来型のカーシェアでは車の提供者と利用者との間で「鍵」の受け渡しが必要になるが、将来的には物理的な鍵を使わない「デジタルキー」(※バーチャルキーなどとも呼ばれる)が主流になると言われている。受け渡しや管理の手間が減り、サービスの提供企業にとってもユーザーにとっても利便性が高まるからだ。
こうした中、トヨタ系自動車部品メーカーの東海理化(本社:愛知県大口町/取締役社長:三浦憲二)がデジタルキーの配信事業を本格化させることを2019年5月に発表した。市場のさらなる拡大を見越し、いまが事業拡大の好機ととらえた上での動きだ。
自動運転ラボは、東海理化の技術開発センター長である秋田俊樹氏とデジタルキー開発に直接関わってきた大矢雅彦氏にインタビューし、同社のデジタルキー事業の概要や強みなどについて聞いた。
【参考】関連記事としては「東海理化、「デジタルキー」の配信事業を本格化へ カーシェアや社用車向けなど想定」も参照。
記事の目次
【秋田俊樹氏プロフィール】2008年よりスイッチ事業部副部長に就任しスイッチ事業に関わる。2016年より技術開発センター副センター長に就任し、2018年6月から現在まで同センターのセンター長を務める。2017年から常務取締役、常務執行役員も務めている。
【大矢雅彦氏プロフィール】2004年より東海理化の技術開発センター開発部で次世代電子キーシステム開発を担当。2013年からスマートフォンを活用したデジタルキーシステムの開発に従事し、2018年から現職。現在は、MaaS事業領域における新規事業推進プロジェクトの事業企画チームのリーダーを務める。
■デジタルキー事業を新たな屋台骨に
Q 御社のデジタルキー事業の位置付けを教えて下さい。
秋田氏 弊社はもともと自動車向けのスイッチやメカニカルな鍵などを主力製品として取り扱っていました。ただスイッチに関してはタッチディスプレイの登場で今後需要が減ることが想定され、新たに屋台骨となる事業を模索していました。
こうした中、弊社の強みである「デジタルキー」の技術を伸ばしていこうという方向性を打ち出しました。市場拡大を見越してのことです。そして2010年から携帯電話をかざしてクルマを開錠するシステムの開発に取り組み、2013年にはスマートフォン向けの開発もスタートさせています。
自動運転ラボ スマートフォンが普及する初期の頃から取り組まれてきたのですね。
秋田氏 実はデジタルキー技術の事業化については、過去に「時期尚早」という理由で凍結となったこともあるのですが、デジタルキー技術についてのカーメーカー向けのプレゼンを続ける中で、主要客先のカーシェアサービスなどとうまくマッチし、事業が本格的に始動したという形です。
Q 事業展開は自動車領域のみで行う形ですか?
秋田氏 我々も最初は自動車しか視野に入っていなかったのですが、物理的な鍵の代わりにスマホを使いたいという業界はほかにも結構あり、そういったニーズをとらえていきたいと考えています。
またモビリティ領域においては、ミニモビリティのシェアサービスなどもビジネス対象として考えています。これからMaaS(Mobility as a Service)が広がり、色々なモビリティがシームレスにつながってくると、デジタルキーの需要は一層増えてくると思います。その輪の中で自分たちの技術がきちっと活用されていくためにも、早くから技術開発やサービス設計に取り組むことが重要だと考えています。
デジタルキー事業は初めから収益のあがるビジネスというわけではありませんが、MaaS時代においても高い競争力を維持するためには、いまこの段階から先行投資をして挑戦を続ける必要があると考えています。
【参考】関連記事としては「【最新版】MaaSとは? 読み方や意味・仕組み、サービス・導入事例まとめ」も参照。
■本命は「車載標準」搭載、強みは安全性
Q 御社のデジタルキーが「車載標準」として各社の自動車に搭載されるようになることも狙っていますか?
秋田氏 もちろんです。そこがやっぱり本命です。
自動運転ラボ 自動運転車に車載標準として採用されるためには、高い安全性を確保する必要がありますが、御社のように自動車メーカーのエコシステムの中に入っていると、メーカー側も採用しやすそうですね。
秋田氏 逆にリスクも感じています。我々よりもシンプルで効率の良いシステムを他社が投入してくるという懸念もあるため、世の中の最先端のセキュリティシステムをしっかりキャッチアップし、自分たちが進んでいる方向性に間違いがないかどうかを、常に確認しています。
Q デジタルキーに取り組む企業はいくつかありますが、御社の強みは?
大矢氏 電子キーの暗号に関する技術開発は、キーレスエントリーやイモビライザー(自動車盗難防止装置)が登場した初期の時代から取り組んでいますので、高い安全性を確保できるのが強みだと思います。ハッキングなどのサイバー攻撃に対する防護レベルも、提携企業先など連携しながら世界水準まで高めました。
また、スマートフォンと自動車をつなぐ技術発展を目的とする「カー・コネクティビティ・コンソーシアム(CCC)」にも参画し、さまざまな議論を重ねています。
また、電子キーの暗号化やサイバーセキュリティを高めるだけでは、実物の車の盗難対策としては不十分です。我々はメカニカルな部分の盗難対策はどこよりも分かっていますので、そこに情報セキュリティを組み合わせて本当に安全なシステムを作れることが、我々の強みだと思っています。
Q 物理的な鍵と比べて脆弱性は?
自動運転ラボ 現在も普及している物理的なスマートキーでは、電波を傍受して不正に開錠やエンジン始動を行う「リレーアタック」などの盗難被害に遭う可能性があります。スマートフォンと電波で通信を行うデジタルキーでは、同じような手口による被害は考えられますか?
大矢氏 物理的なスマートキーと比べると、デジタルキーで使う通信は取り扱いが非常に難しいので、盗難の難易度は上がっています。ただし、専門的な盗難のプロからすれば「開かない鍵はない」と思っていることでしょうから、必ず何かしらの対策が必要になってきます。
例えば、車とデジタルキーの物理的な距離を電波で測り、それがおかしな位置関係だと判定された場合は認証しないようにする、といった方法もあります。また出来上がったシステムのセキュリティ性も専門家に評価してもらって、脆弱性の洗い出しや世の中に出せるレベルかどうかをチェックしています。
【参考】関連記事としては「悪夢、ついに…カーシェア車両、ハッキングで100台以上盗難 ダイムラーとBMWの「Share Now」」も参照。
■「移動データ」を新ビジネスに活かすことも視野
Q 移動データの活用は考えていますか?
自動運転ラボ デジタルキーはスマートフォンと連携することで個人識別性が高くなります。移動のデータなどを使ったターゲティング広告への活用も考えられますが、狙っているマーケットはありますか?
秋田氏 今ちょうど検討しているところなのですが、基本的には個人情報を扱ったサービスを直接提供するのではなく、そのようなサービスを提供する方たちをサポートする立場で関わりたいと考えています。デジタルキーの技術を通して、さまざまな業種の方々と交流したいと思っています。
大矢氏 一方で、移動のデータを活かしたビジネスはやはり魅力も大きいですから、データを取って新しいビジネスに活かすことも考えてはいます。ただし、個人情報の取り扱いは非常に難しい部分がありますので、そこは勉強させてもらいながら、ビジネスを広げるために会社としてレベル上げていく必要があります。
■デジタルキーの後付け、待たれる規制緩和
Q デジタルキーの普及、自動車とそれ以外ではどちらが早い?
自動運転ラボ デジタルキーの活用という観点で見た時に、自動車以外の自転車などのモビリティのシェアリングなども世界的には広がってきています。直近で考えると、自動車とそれ以外、どちらの方が市場として成長性がありそうですか?
秋田氏 車以外のところにもしっかり取り組んでいきますが、車関連業界の方が普及し始めると一気に広がっていく可能性は高いと思います。我々としても、カーシェアへの活用にも対応できるデジタルキーシステムの普及に貢献していきたいと思います。
Q 後付けデジタルキーの取り付けハードルは?
自動運転ラボ カーシェアにデジタルキーを後付けで導入する場合、作業と費用はどれくらいかかるものですか?
大矢氏 取り付けの手間については、当社のスマートキーが装備された車両に取り付けるケースではそこまで大きな負担ではありません。ETC(自動料金収受システム)を取り付けるぐらいの感覚です。ただ我々が全く関わっていないカーメーカーの車両に後付システムを提供するには、別のシステムを用意しなければいけませんので、現在検討中です。将来的には、カーメーカーを問わずどんな車にでも適用できる後付システムを提供していきたいと思います。
自動運転ラボ C2Cの個人間カーシェアなどは後付けキーのハードルが下がらないと普及が難しいですよね。
秋田氏 カーシェアシステムの価格を聞いてみたらびっくりするぐらい高く、我々の考えるシステムであればかなり低コストで導入できますので、使って頂ける可能性は大きいのではないかと考えています。ただ、いかんせん法規制の絡みもありますので、来年あたりに変わってくると一気に普及が進むのではないかなと思います。
自動運転ラボ 法律上、デジタルキーを導入できないハードルがあるのですか?
大矢氏 現在の道路運送車両法では、車に標準で取り付けられている鍵以外を搭載してはいけない、という規制があります。アメリカなどはOKなのですが、日本のほかにはヨーロッパも認められておらず、そのあたりも国連で協議されて来年ぐらいに変わってくるのではと思います。
【参考】自動運転も含めた法律の議論は、国連にて世界中の国を集め行われている。詳しくは「【対談】「自動運転×法律」、日本は進んでる?遅れてる? 佐藤典仁弁護士と自動運転ラボが最前線について語る」も参照。
Q 最後に今後の意気込みを聞かせてください。
秋田氏 将来は「鍵」という概念がさらに変わってくるでしょう。車以外の分野では、顔認証や指紋認証などもどんどん使われ始めていますので、スマートフォンにこだわらず、色々なことを想像しながら開発を進めなければなりません。
■【取材を終えて】有望市場における東海理化の動きに注目
デジタルキーは有望市場だ。調査会社の矢野経済研究所によると、2018年時点で既に世界において2069万台の自動車にデジタルキー(バーチャルキー)が搭載されており、2022年には5000万台を突破する見通しとなっている。従来の鍵の常識にとらわれずに事業を積極的に展開する東海理化には、今後も要注目だ。
【参考】関連記事としては「カーシェア市場拡大の肝は、無人化を実現するバーチャルキーだ」も参照。