世界各地で実用化が始まった自動運転技術。ドライバーの負担軽減やドライバー不足の緩和、交通事故の抑制などに高い期待が寄せられている。
ただ、交通事故の抑止効果については、当然ながら確かなエビデンスは存在しない。自動運転技術の導入により、交通事故をどれだけ減らすことができるのか。
この記事では、自動運転による交通事故抑止効果について推定していく。
記事の目次
■交通事故の発生状況
法令違反に起因する事故は全体の93%
警察庁交通局によると、2020年中に発生した交通事故件数は30万9,178件で、このうち第1当事者(最初に交通事故に関与した事故当事者のうち、最も過失の重い者)で原付以上運転者の法令違反交通事故件数は28万8,995件となっている。交通事故のうち約93%で自動車などの第1当事者に法令違反があったことになる。
法令違反の内訳は、多い順に安全不確認9万3,123件、わき見運転3万8,748件、動静不注視3万61件、漫然運転2万3,074件、交差点安全進行2万443件と続く。こうした法令違反は基本的にヒューマンエラーであり、ドライバーの過失となる。
▼交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について|警察庁
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00130002&tstat=000001027458&cycle=7&year=20200&month=0
つまり、自動車事故の大半はドライバーの過失によって発生しているのだ。交通ルールを順守し、周辺監視と予測を怠ることなく正確に車両を制御していれば、大半の事故は未然に防ぐことができる。
信号待ちで停車中、後方車両に追突されるようなケースも、自身に責はなくとも後方車両のドライバーに過失があるため、1つの自動車事故としてはドライバーの過失に起因するものとなる。全てのドライバーがしっかりと義務を果たしている状況において避けようがない事故は、ごく一部に過ぎないのだ。
事故件数減少の背景にADASあり?
交通事故件数の推移を見ていくと、2005年の95万2720件をピークに徐々に減少しており、2010年に72万5,924件、2015年に53万6,899件、2019年に38万1,237件と確実にその数を減らしている。2020年は、コロナ禍による外出自粛効果もあり、前年比19%減の30万9,178件となった。
一方、自家用車や貨物車、二輪車など自動車保有台数の総数は微増を続けており、2021年には計8,207万7,752台となっている。
一般的に、保有台数の増加は交通量の増加と正の相関関係にある。全体の交通量が増す中、事故総数が減少し続けている要因としては、新たな法規制や警察当局の努力も当然大きいが、標準装備化が進展するADAS(先進運転支援システム)の影響も大いに考えられる。
厳密なデータは存在しないものと思われるが、衝突被害軽減ブレーキやレーンキープアシスト、各種警報などのADASが、地道に事故発生を抑止していることに異論はないだろう。
【参考】関連記事としては「ADASとは?読み方は「エーダス」、自動運転との違いは?」も参照。
■自動運転システムの特徴
上記のように、ドライバーが運転義務を正しく全うしていれば、大半の交通事故を防ぐことができるはずだ。自動運転車は、このドライバーが果たすべき義務を順守する形で設計されている。制限速度や一時停止などをしっかりと守り、歩行者など交通弱者を優先するようプログラムされているのだ。もちろん、酒気帯び運転やわき見運転、信号無視も行わない。
ドライバーに代わって車両周辺の認知や予測を行うセンサーやAIは、こうした「安全運転」を絶対命題に据え、開発が進められている。自動運転システムが100%機能する限りにおいて、従来の自動車事故の大半は防ぐことができるはずだ。
ただ、人間の判断能力や運動能力に個体差があるように、自動運転システムにも個体差があり、全ての自動運転システムが常に100%のパフォーマンスを発揮できるわけではない。システムそのものの欠陥はもちろん、悪条件が重なり一時的にセンサーやAIの検出能力が落ちるケースなども想定される。
開発・実用化黎明期の現在は、こうしたシステムに起因する事故も多からず発生する。AIやセンサーの高機能化とともに実証による経験値を積み重ね、システムエラーの発生を可能な限り無くしていく努力は延々と続いていく。
人間同様、機械やコンピューターにおいても100%は基本的になし得ないが、99%を99.9%に、99.9%を99.99%に…といった具合に進化し続け、安全性能を高め続けていくことになる。
■ASV推進検討会による分析
自動運転車の事故に関しては、国土交通省所管の「ASV推進検討会」が第6期推進計画(2016~2020年度)の中で自動運転システムの事故削減効果評価の検討を行っている。
2018年の死傷事故データを対象に、現在発生している死傷事故が自動運転技術及びADAS(先進運転支援システム)によってどの程度削減されるかを推定したもので、SIPで設定された事故パターンをもとに、41万4,409 件の事故を対象に39の事故パターンを解析した。
▼「自動運転システムの事故削減効果評価の検討」に関する資料
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/01asv/report06/file/hokokusyo_2_jikosakugenkoka.pdf
非常に細かな調査のため詳細は割愛するが、ADASと自動運転の作動率を100%とし、ADASはAEBS(衝突被害軽減ブレーキ)、右折発進抑制、LKA(レーンキープアシスト・車線維持支援制御装置)、RVM(リアビークルモニタリングシステム・後側方接近車両注意喚起装置)を備えているものとし、事故パターンごとに事故削減率を算出した。
その結果、ADASで約7割、自動運転で約9割の死傷事故が削減できると試算された。第2当事者が一切のADASなどを備えていない場合でも、事故の発生要因となった第1当事者がADASなどを装備していた場合約6割、自動運転の場合9割弱で死傷事故を削減できた。一方、逆に第1当事者がADASなどを備えていない場合は、1割程度の事故削減効果しか期待できないという結果になった。
自動運転車に関しては、全ての四輪車対四輪車の事故削減率が100%と推定された一方、四輪車対二輪車・自転車・歩行者のケースでは、「急な飛び出し」など自動運転車でも回避できない事故の発生にも言及している。
実際の交通環境下においてはシステム作動率100%とはならないためあくまでも参考値として扱わなければならないが、自動運転で削減できる死傷事故約9割という数字は、偶然かもしれないが交通事故総数における第1当事者に法令違反があった割合に近似している。
【参考】ASV推進計画第6期報告書については「自動運転、死傷事故を約9割削減 ASV推進計画、第6期報告書を公表」も参照。
■米道路安全保険協会(IIHS)の調査結果
米道路安全保険協会(IIHS)は2020年6月、自動運転車の事故抑止効果に関する独自調査結果を発表した。この中でIIHSは、自動運転車は全ての事故のうち約3分の1しか防止できない可能性を指摘している。驚愕の調査結果だが、その中身を読み解いていくと前提条件がいささか異なる。
IIHS は5,000件超の事故サンプルをもとに、発生要因としてドライバーの注意散漫など「感知と知覚のエラー」が約23%、アルコールや居眠り運転などの「無力化」が約10%を占め、これらは自動運転車が解決するものと推定している。
その一方、スピード違反や違法な操作といったその他の要因については、ドライバーの要望と自動運転車の安全優先順位が競合する可能性があり、ドライバーの要望が優先される可能性がある限りにおいて残り64%の事故を防ぐとは言いきれないとしている。
ざっくりと解説すれば、制限速度の上限など自動運転システムの設定をドライバーが柔軟に変更できる場合、自動運転車の事故防止効果は3分の1にとどまるという内容だ。
ドライバーに左右されることなく自動運転システムが安全走行を実行する場合はこの限りではなく、IIHSも「ドライバーの好みよりも安全性に重点を置くように自動運転システムを設計する必要がある」ことを指摘している。
■【まとめ】安全な道路交通社会の形成に自動運転が活躍
自動運転の事故率を明確に算出することは現時点で不可能だが、自動運転が交通ルールを順守し、システムが正しく作動している限りにおいては、自車に起因する事故のうち約9割を防ぐことができそうだ。
一方、ASV推進検討会の調査によると、重過失のある第1当事者がADASや自動運転未装車の場合、事故防止効果は1割程度にとどまる。もらい事故などを防ぐことはやはり困難なのだ。
自動運転車と手動運転車が混在する道路交通社会においては、自動運転車が第1当事者となる事故が激減する一方、手動運転車が第1当事者となる事故は微減にとどまるものと思われる。事故削減9割を達成するには、道路上の全ての車両が自動運転化されなければならないのだ。
事故9割削減社会の到来は数十年先の話となりそうだが、手動運転に比べ自動運転の方が安全であることはほぼ間違いなく、システムの精度が高まれば高まるほどその差は大きくなっていく。
利便性のみならず、安全な道路交通社会の形成に向け、自動運転開発はより急がれるべきなのだ。
【参考】関連記事としては「自動運転とは?技術や開発企業、法律など徹底まとめ!」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)