
米Google系ウェイモ(Waymo)は、「プロのドライバーの1.5倍危険だった」。そんな衝撃的な数字が2026年7月下旬、米国のメディアを駆け巡った。米ハンター・カレッジ(ニューヨーク市立大学)の独立研究による発表である。しかし発表から数日以内、研究者自身がその安全性分析を撤回した。それでも数字だけは独り歩きを続けている。
安全がウソだったという情報が拡散するに至った背景を解説する。
記事の目次
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■ウェイモはプロドライバーの1.5倍危険という情報が拡散
2026年7月20日、ハンター・カレッジのSam Schwartz Transportation Research Programが、交通アドボカシー団体Open Plansと共同でレポート「How Would For-Hire Autonomous Vehicles Impact NYC?(営業用自動運転車はニューヨーク市にどう影響するか)」を発表した。
研究が示した数字は衝撃的だった。ウェイモの重傷・死亡事故率は、100万マイルあたりで見るとニューヨーク市の営業用車両の1.5倍。サンフランシスコ湾岸エリアに限れば、その差は3倍以上に拡大する。
研究チームは「ロボタクシーが本当に置き換えるのは、Uber、Lyft(リフト)、タクシーといったプロのドライバー。ウェイモが繰り返す『94%安全』の比較対象は平均的な人間ドライバーだが、これは物差しがずれている」と指摘した。
ただし研究チームは、ウェイモに有利なデータも隠さず示している。全米で重傷・死亡事故に絞ればウェイモ3件対NYC営業用車両16件だが、傷害を伴う事故全体で見ればウェイモの発生率はNYC営業用車両より約67%少ない。それでも「事故の重大度」に注目すると、ウェイモは楽観できる状況にはないというのが研究の主張だった。
研究プログラム所長のKelly McGuinness(ケリー・マクギネス)氏はこう述べた。「ロボタクシーの売り込みは安全性向上を軸にしているが、本研究は決着がついていないことを示している」。
この衝撃的な数字は、翌日から米国の主要メディアで一斉に拡散し始めた。
センセーショナルな数字は独り歩きしがちだ。だが「比較の物差し」の論点自体は簡単に片づけられない。ウェイモの日本上陸を前に、日本の読者も「誰と比べて安全か」を見極める目を持ちたい。
【参考】関連記事としては「Google/Waymo(ウェイモ)の自動運転戦略|ロボタクシーの展開状況は?」も参照。
■安全性の比較対象が間違っていたという事実
ウェイモは繰り返し「人間より安全」を掲げてきた。同社によれば、2026年3月時点で乗客のみを乗せた累計走行距離は2億2,060万マイル。営業都市で人間ドライバーと同じ距離を走った場合と比べ、重傷・死亡事故率は94%少ないという。
共同CEOのTekedra Mawakana(テケドラ・マワカナ)氏は「ウェイモは平均的な人間ドライバーより10倍以上安全」と繰り返し発言してきた。数字そのものは、ウェイモが公開しているNHTSA提出データに基づく。
問題はその「比較対象」だった。研究チームによれば、ウェイモが物差しにする「平均的な人間ドライバー」には、飲酒運転者、若年ドライバー、経験の浅い運転者などすべてが含まれる。
しかしロボタクシーが実際に置き換える相手は、営業許可を得たプロのドライバーだ。ニューヨーク市の営業ドライバーは、既に平均米国運転者の14倍安全とされる。この14倍のハードルを超えて初めて、「ロボタクシーは人より安全」と言える。
例えるなら、プロ野球選手が「私は素人チームより打率が高い」と誇るようなものだ。それは事実かもしれないが、比べる相手が違えば意味を持たない。研究チームが問うたのは、ウェイモの94%という数字そのものではなく、比較の土俵の設定だった。
■数字は撤回されたが数字が独り歩き
ここから話は思わぬ展開を見せる。発表から数日以内、Sam Schwartz Transportation Research Programはレポートの安全性分析部分を撤回した。理由として研究者側が挙げたのは、「ニューヨーク市当局データにおける重傷・死亡を伴う営業用車両事故のデータの食い違い、および市当局のデータ定義に関する食い違い」だった。
混雑・非効率の分析部分は維持されているが、記事の顔だった「1.5倍」「3倍」の数字は根拠部分が取り下げられた形になる。
撤回の背景には、統計としての脆さがあった。ジャーナリストのAndrew Miller(アンドリュー・ミラー)氏は、レポートを丁寧に検証した分析でこう指摘している。「ウェイモの重大事故3件のうち、18カ月前の1件のインシデントが事実上、統計の3分の1を担っている」。母数が小さすぎて、1件の重みが極端に大きくなる。研究チーム自身も報告書内で「ウェイモの限られた走行距離とデータの制約」が結論を確定的にすることを妨げる、と注意を促していた。
それでも数字だけは止まらない。研究チームが撤回を表明した後も、初報を伝えたGothamist、TechTimes、Nextcity、amNY、Yahoo/APといった主要メディアの記事は公開されたままだ。編集者注や更新履歴で撤回に触れる媒体もあるが、SNSやまとめサイトで数字だけを引用した投稿は独り歩きを続けている。2026年8月時点で撤回状態は継続しており、研究チームはデータの食い違いを解消する作業を進めている旨を表明した。
この一連の顛末が示すのは、ロボタクシーの安全性論争の未熟さそのものだ。センセーショナルな数字が拡散し、根拠が揺らいでも訂正は届かない。ロボタクシーの走行距離がまだ小さすぎて、統計的な結論が出しづらい構造が、この情報の混乱の背後にある。
【参考】関連記事としては「米政府機関がウェイモに激怒 自動運転車による「救急車」妨害で」も参照。
■撤回されても残る事実とは異なる数字
撤回されたのは数字の部分だ。「ロボタクシーは平均ドライバーではなくプロのドライバーと比べるべき」という論点は、撤回されていない。むしろ今回の一件は、業界に共通の物差しがない現状を露呈させた。各社が自社に有利な比較を選べる状況では、どの数字も一定の説得力を持つと同時に、どの数字も反論の余地を残す。
ウェイモの動きも興味深い。研究発表の9日後にあたる2026年7月29日、ウェイモはフェニックスで高速道路走行を72日ぶりに再開した。5月中旬に工事区域での認識問題で停止し、6月にはジャガー約3,871台をリコールしていた運行が、ようやく戻ってきた形だ。そして同じ週、ウェイモは改めて「自律走行フリートは人間より94%安全」と発信した。数字を巡る攻防が同時に進んでいた。
独立した第三者による評価枠組みがない現状では、こうした攻防の決着はつかない。撤回された研究は、少なくとも「業界の物差しをどう作るか」という宿題を残した。ロボタクシーが本当に街を安全にできるのかを見極める議論は、走行距離が積み上がるのを待ちながら、これから始まる。
■「92%削減」を掲げる東京も他人事ではない
この論争は、日本の読者にとっても他人事ではない。ウェイモは2024年12月17日、日本のタクシー大手・日本交通と配車アプリのGOと3社で戦略的パートナーシップを発表した。ウェイモにとって初の海外進出案件である。2025年4月14日の週から、東京都心7区(港区、新宿区、渋谷区、千代田区、中央区、品川区、江東区)でジャガーI-PACE(アイ・ペース)25台による試験走行が始まった。現在は日本交通の乗務員が手動運転しながらデータを収集する段階で、2026年中に東京とロンドンでの配車サービス展開が計画されている。
そのウェイモ日本版の公式サイトが、大きく掲げている数字がある。「92%の負傷を伴う衝突の削減率」。ただしこの数字も、比較対象は「米国のウェイモサービス提供都市で、同じ距離を人間が運転した場合」だ。研究チームが問題視した「平均的な人間ドライバー」との比較に他ならない。日本のタクシー業界は世界的にも安全性や接客品質で高い評価を受けている。日本のプロのタクシードライバーと比較した場合の物差しは、まだ誰も持っていない。
ウェイモが「92%」と掲げるとき、日本の読者はどう受け止めるべきか。撤回された「1.5倍」を鵜呑みにする必要はない。だが「92%」も、比較相手を確認せずに信じるべき数字ではない。日本上陸を目前にした今こそ、「誰と比べて安全か」を問う目線を持つ意味がある。
【参考】関連記事としては「小池都時事が進めた東京都の自動運転バス、実は中国BYD製だった」も参照。
■プロドライバーの1.5倍という数字は撤回された。それでも残る問い
2026年中の東京サービス展開を控えるウェイモ。日本版公式サイトが掲げる「92%削減」も、比較相手を問わなければ意味を持たない。センセーショナルな数字にも、企業が掲げる安全の看板にも、「誰と比べた数字か」を確認する目線が必要だ。ロボタクシーが本当に街を安全にできるのかを見極める議論は、まだ始まったばかりである。













