トヨタ、米国移転か?自動運転開発で有利、「トランプ関税200%」も影響?

豊田章男会長のストレスは頂点に?

B!
出典:トヨタプレスリリース/Flickr / Gage Skidmore (CC BY-SA 2.0) 

トヨタの豊田章男会長の発言に波紋が広がっている。真意は明らかではないが、報道陣の取材に対し日本への不満を口にし、「私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」旨発言したというのだ。

章男会長の日本脱出は、実質的にトヨタの海外移転を意味する。こうした報道を受け、SNSなどでは賛否両論が活発化する事態となった。

現実問題としてトヨタが日本から出ていくことなど考えられず、章男氏としても本意でないことは明らかだが、海外移転のメリットがあるのも事実だ。変革の時代を迎えればこれまでの常識が通用しないことは往々にしてある。トヨタの海外移転もその1つだ。

章男会長の発言を振り返りつつ、トランプ氏が掲げている関税措置の方針を絡め、トヨタの海外移転の可能性について考察してみよう。

■章男会長の発言概要

日本脱出論の文脈は?

東京モーターショー2019年の会場で報道機関など向けにスピーチする豊田章男社長(当時)=出典:トヨタプレスリリース

今回の章男氏の発言は、長野県茅野市の蓼科山聖光寺で行われた夏季大法要後の囲み取材で飛び出した。同寺は交通安全の寺として知られており、奈良薬師寺の別院として1970年にトヨタグループらが中心となって建立した。

朝日新聞によると、法要に出席した章男会長はメディアの囲み取材に対し、「(自動車業界が)日本から出ていけば大変になる。ただ今の日本は頑張ろうという気になれない」「ジャパンラブの私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」など語ったという。

▼不正に揺れるトヨタ、会長「今の日本は頑張ろうという気になれない」|朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASS7L26DCS7LULFA00WM.html

さらに、報道陣に対しても「強い者をたたくのが使命と思っているかもしれないが、強い者がいなかったら国は成り立たない。強い者の力をどう使うかを厳しい目で見るべきだ」と注文を付けたという。

章男氏は型式指定の話題にも触れたようだが、文脈が不明のため、何に対して失望しているのかを断定することはできない。

交通安全向上に向けた発言から派生?

一方、ベストカーWebによると、章男会長の発言は「交通安全をさらに進めるためには何が必要か」という流れから飛び出したものという。

▼豊田章男会長「今の日本は頑張ろうという気になれない」の本当の宛先は…メディアだった|ベストカーWeb
https://bestcarweb.jp/news/business/929265

章男会長は「モビリティ社会の在り方を社会全体で考えましょう」と呼びかけ、その上で「日本のサイレントマジョリティは、日本の自動車産業が世界に対して互角以上に戦っていることについてものすごく感謝してくれていると思う。ところが、日本という国ではそれがすごく伝わりづらい。もし日本に自動車産業がなかったら、いまの日本は違ったかたちになってしまう。それに対して感謝してほしいわけではなく、ただもう少し正しい事実を見て評価してほしい」と話したという。

続けて「(自動車関連企業が)間違ったことをしていたら怒ればいいと思う。その上で、応援していただけるのであれば、その応援が自動車業界の中の人たちにまで届いてくれると本当にありがたい。そうしないと本当に、みんなこの国を捨てて出て行ってしまう。出て行ったらこの国は本当に大変。ただ、いまの日本はここで踏みとどまって頑張ろうという気になれない」とした。

「強いものを叩くことが使命だと思っているかもしれないが、強いものがいなければ国というものは成り立たない。強いものの力をどう使うかをしっかり考えて、厳しい目で見ていただきたい。強いからズルいことをしているだろう、叩くというのは、これはちょっと……、そこは自動車業界の声として、ぜひお考えいただきたい」と結んだようだ。

念頭にあるのは型式認定に関する規制や報道の在り方?

出典:Flickr / DennisM2 (CC0 1.0 : Public Domain)

後半は報道・メディアに対しての発言と思われるが、前半の「もう少し正しい事実を見て評価してほしい」「間違ったことをしていたら怒ればいい」の主語が判然としない。正しい事実や間違ったことが何を指すのか。

多くのメディアは型式認証問題に結びつけるような形で文脈をとらえている。おそらく章男会長の頭の中にもこの問題があったものと思われる。近年、グループ内で続発する認証不正問題に加え、子会社のトヨタカスタマイジング&ディベロップメントへの下請法違反勧告など、問題が続発している。

トヨタ本丸における不正は、各社に対する国土交通省の指示に基づく自主調査の中で発覚したもので、トヨタをはじめとする5社が不正を報告した。

型式認証については、認証基準の運用における問題点を指摘する声も多く、トヨタを擁護する声も少なくない。ただ、ルール上不正は不正であり、報道上、メーカーの代表格であるトヨタの名前が必然的に多く上がった。

実際、安全上問題がないとされる不正行為もあれば、悪質とされる不正行為も見つかっている。すべてをひとまとめに論ずることはできないが、世界各国の基準・試験を準用可能な柔軟な認証制度への改善が必要なのかもしれない。

個人的には、日本自動車工業会を通じて改善を申し入れるなど、トヨタとしてこれまでどのような取り組みを行っていたのか気になるところだ。

章男会長のストレスはマックスに?

本題からずれるため認証問題から離れるが、続発するグループの問題と報道の在り方に対し、章男会長のストレスはマックスに達しているのかもしれない。

それゆえ、今回のような発言が口をついて出てしまったのではないだろうか。「日本脱出」が本心ではないのは明らかだが、「日本脱出」の可能性を考えたことがあるからこそ口から出たとも言える。

これまでにも、カーボンニュートラル(EV化)をめぐる政策を主な背景に、一部のジャーナリストやアナリストがトヨタの海外移転に言及したことがある。移転そのものは眉唾だが、日本の環境がトヨタ、ひいては自動車メーカーを大事にしているか?という点では確かに疑問視したくなる点もあるだろう。

「トヨタが海外移転するはずがない」と高をくくっていても、本格的なモビリティ変革期を迎える将来においてそれを保証する根拠はない。

モビリティカンパニーへのモデルチェンジをきっかけに海外本拠化も?

モビリティカンパニーへのモデルチェンジを図るトヨタは、自動車の生産・販売を軸とした旧来のビジネスモデルから徐々に事業領域を移行していくことになる。その移行先に正解はなく、サービス主体の企業やテクノロジー企業への転身が図られてもおかしくはない。

こうした変革期においては、ビジネス環境が重要性を増すことは言うまでもない。新たなサービスや技術を受け入れてくれやすい社会環境が重要となるのだ。

この点、日本はまだまだ保守的で、米国には遠く及ばない。新たなサービスや技術開発においては、イノベーションの発信地たる米国には環境面で劣っているのだ。

自動運転事業なら米国が明らかに有利

出典:Flickr / Gage Skidmore (CC BY-SA 2.0) 

自動運転はその最たる例だ。テクノロジー企業が育ちやすい環境があるからこそグーグル・Waymoが成長し、公道実証を重ねて自動運転タクシーの実用化にこぎつけた。規制面での受け入れ、住民の許容性、エンジニアの育成、資金調達、パートナー企業など、新しいことにチャレンジする環境が整っているのだ。

日本は法整備などが進んでいるものの、実証や実用化に向けた運用面や社会受容性、資金面などでの格差が否めない。改善は進んでいるものの、公道走行に向けた各種手続きの煩雑さや、他の交通参加者の受け入れ態勢も及ばない。新しいものに慎重な国民性もあり、意欲的に取り組む環境でどうしても見劣りするのだ。

トヨタに限った話ではないが、自動運転開発・実用化に本腰を入れる際、日本と米国どちらかを選ぶことができるとしたら、米国を選ぶ企業は相当数いるのではないか。「日本企業だからまずは日本国内で……」という感情やプライドがあっても、経営判断として実利を取るのは正当な一手だ。

トヨタとしても、「モビリティカンパニーへのモデルチェンジ」を口実に米国に本拠を移すことはあり得ないわけではない。米国企業として認められれば米国政府がしっかり守ってくれる。中国との距離感は微妙になりそうだが、今のところGMなども中国内での企業活動が禁じられているわけでもない。

米大統領選に出陣予定のトランプ前大統領は、国外生産の自動車に最大200%の関税をかける方針を表明しているのが好例だ。自国メーカーを保護すると同時に、自国内生産を強く推進していくことに一切の躊躇はないのだ。

こうした方針は、自動車生産のみならず自動運転などのソリューション展開などにも後々派生していくことは想像に難くない。

一方、仮に米国でWoven Cityのような構想を発表すれば、スタートアップをはじめとした各企業がこぞって集まってくるのではないだろうか。意欲に対し意欲で応える風土が米国にはある。最前線の場に身を投じることで、新たな領域での躍進に拍車をかけることができるのだ。

意図せず海外拠点が主流となる可能性も?

それでもトヨタが日本から出ていくわけがないという論は強いものと思われるが、意図せず結果として海外本拠となる可能性もある。

例えば、自動運転領域の開発・サービス化に本腰を入れるにあたり、北米拠点のTRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)を拡張する形で自動運転専門企業を設立する――というのはあり得る話だろう。

この新企業が望外な成長を成し遂げ、開発面をはじめサービス面でもWaymoに肩を並べ、そして追い抜き、世界展開を図る段階まで達したとする。

非常に汎用性の高いレベル4システムの開発に成功し、さまざまな車種に安価で統合可能でかつ高度化されたマッピングソリューションでどのようなエリアでもすぐに無人サービスを実現できるソリューションの商用化だ。世界の自動運転サービスを大きくリードし、覇権を握る企業に成長したらどうなるか。

このフェーズに達すれば、自家用車市場も大きく変化していくことが予想される。一定領域下におけるレベル4を搭載した自家用車は、徐々に「運転する楽しさ」を失っていく。自家用車に対する価値観が変化していくのだ。

また、自動運転車の本格量産化が交通サービスに革命を起こす。バスやタクシーは無人サービスがスタンダードとなり、導入コストも大幅低減され運賃も下がっていく。カーシェアも無人化が進む。交通サービスが利便性を大きく増すことで自家用車離れが進んでいく。

こうした時代が到来すれば、自動車の生産を担う日本の本家トヨタと、自動運転事業を展開する米国のトヨタと、どちらが主導権を担うべきかは明白となる。

過去、トヨタの原点である自動織機がグループの核を自動車事業に譲ったように、将来、自動運転がグループの核となる可能性は十分考えられる。自動運転企業が米国に籍を置いていれば、トヨタグループの本筋も必然的に米国へと移っていく。

「あくまで本家は日本だから……」という論は詭弁となり、事実上海外が本拠化するのだ。

■【まとめ】章男氏の発言に言霊が宿る?

重ねて言うが、「トヨタが日本を脱出することはあり得ない」というのは多くの日本人の共通認識だ。それは章男氏も承知していることだろう。その章男氏が「今の日本は頑張ろうという気になれない」「ジャパンラブの私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」――と口にすることの意味をしっかり受け止めねば、そこに言霊が宿りトヨタの戦略が大きく動き出していくことも考えられる。

自動車産業、ひいてはモビリティ全般を考える上で、日本に足りないものは何か。再考すべき時が訪れているのだろう。

【参考】関連記事としては「トヨタの自動運転戦略(2024年最新版)」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



B!
関連記事