EV(電気自動車)大手米テスラのインターンが破格の待遇となっているようだ。AI(人工知能)開発系の報酬は年収ベースで「10万~15万ドル(約1,500万~2,300万円)+福利厚生」となっており、トヨタの社員の平均年収を軽く超えている。
AI系を中心にエンジニア争奪戦が過熱し続けているが、裾野となる学生エンジニアにもその影響は波及していることがうかがえる。
テスラの技術職インターン待遇をはじめ、自動運転関連のエンジニア職の現在地に迫る。
記事の目次
■テスラのインターンシップ
テスラのインターンは待遇も応募資格も破格
テスラは米国を中心に自動運転開発をはじめとしたAI・ロボット工学や製造開発など複数の職種で2024年秋からのエンジニア系インターンを募集している。
中でもAI・ロボット工学は特別なようで、金銭的報酬を明示していない他の職種に比べ、AI・ロボット工学系は「10万~15万ドル+福利厚生」と好待遇を保証している。
▼Internship, AI Engineer, Self-Driving (Fall 2024)|Tesla Career
https://www.tesla.com/careers/search/job/internship-ai-engineer-self-driving-fall-2024-221939
AI・ロボット工学はAI推論、AIツール、自動運転、テレメトリ、統合、自律性基盤の6種に分けて募集しており、自動運転では「将来テスラAI製品すべてにわたって自律性の未来を推進するため、大規模モデルの構築を支援する優れた機械学習インターンを募集する」としている。
コンピュータビジョンや大規模言語モデル、生成モデリングなどを含む基礎モデルの分野における応用研究や、マルチタスク学習、ビデオ ネットワーク、マルチモーダル生成モデル、模倣学習、強化学習、半教師あり学習、自己教師あり学習といった最先端技術の研究、大規模モデルの効率的なトレーニングと微調整に向けた新しいAIツールとテクニックの探求・実装、数百万マイルの運転データと介入を活用し、堅牢でスケーラブルなエンドツーエンドの学習ベースの自動運転システムの構築などを担う。
求められる技術としては、PyTorch、TensorFlow、GPT、CNN、生成モデルなどの機械学習フレームワークとモデルに関する経験や、Pythonとソフトウェアエンジニアリングのベストプラクティスに関する豊富な経験、模倣学習、強化学習(オフライン・オフポリシー)、最新のニューラルネットワークアーキテクチャ(GPT、拡散、生成モデルなど)、または関連技術のいずれか1つ以上の経験――などとされている。
職種「統合」では、オートパイロットやヒューマノイド ロボットソフトウェアスタック用の堅牢なC/C++ソフトウェアの作成、デバッグ、保守をはじめ、オートパイロット機能とコントロールをユーザーインターフェースや他の車両システムと統合、シミュレーション、検証、フリートデータ分析を通じた新機能の開発や反復、電力消費を最小限に抑えながら機能の有効性を最適化――といった業務を担う。
もはやインターンではなく即戦力となる中途採用レベルに感じられる。インターンには学生のみならず社会人インターンも含まれている可能性があるが、それにしても破格だ。それだけAI系、ロボット系のエンジニアの争奪戦が過熱しており、かつ学生側でも相当なスキルや経験を養う環境が整っているということなのだろう。
レイオフの影響も……
その一方、人員削減の影響はインターンにも及んでいるようだ。ブルームバーグによると、テスラは内定者に対し、インターンシップ開始予定の数週間前に採用取り消しを通知したという。
テスラが不定期に実施しているレイオフの影響がインターンにも及んでいるようだ。優秀なエンジニアは破格の待遇で迎えられる一方、日本と異なり雇用が保障されにくいのが米国だ。企業の業績や戦略に自らの社会生活が左右されやすい……ということを、インターン生は早くも体験したようだ。
■米国テック系企業のインターン
テック系企業は月額100万円超がスタンダード
全米大学雇用者協会の調査によると、インターンシップの約41%は無給であり、有給インターンシッププログラムの拡大を求める声明を発表している。正社員のポジションにエントリーレベルの人材を効果的に送り出すパイプラインとして機能し、就職後の定着率も高いとしている。
また、リクルートホールディングス傘下で企業レビューサイトを運営する米Glassdoorが発表した「インターンシップ ベスト 25」によると、インターン評価の高い企業の月額平均報酬は7,000~8,000ドル(約110万~125万円)が多いようだ。
平均給与やキャリアチャンス評価などを加味した最高のインターンシップを提供する企業ランキングで、3位のNVIDIAは平均基本月額給与8,333ドル、5位のアマゾンは9,000ドル、9位のUber Technologiesは8,666ドル、13位のマイクロソフトは7,890ドル、18位のグーグルは8,000ドル、19位のメタは8,400ドル、25位のアップルは7,500ドルとなっている。
名だたるテクノロジー企業では、年収ベース1,000万円級のインターンは当たり前となっているようだ。
なお、自動運転で先行するグーグル系Waymoが2024年2月までに募集していたインターン求人は、修士号取得者が10万5,000ドル(約1,600万円)、博士号取得者は12万5,000ドル(約1,900万円)の年収が提示されていたようだ。
こちらもディープラーニング研究ツールの使用経験やPythonやC++でのソフトウェア設計・開発経験などが求められている。
Waymo然り、テスラ然りで、その道のトップを目指す企業は人材獲得に妥協は一切ないようだ。
【参考】Waymoのインターン求人については「Googleの自動運転部門、インターンにも年収2,000万円提示」も参照。
■日本におけるインターン
トヨタは就業体験型実習のため無給
日本国内では、どのような待遇となっているのか。トヨタのインターンシップを見ると、技術系とデザイン系で募集をかけている。
技術系では、データ分析・活用とTQM理念を理解するインターンやコネクティッド技術を使ったアフターサービス施策の企画開発などが用意されているが、インターン期間はそれぞれ5日間で、就業体験型実習のため給与の支払いはない。
必要な知識・経験についても、データサイエンスに関する知識・技術があると望ましいが必須ではなく、興味のある学生に対し広くウェルカム状態で、実際の現場を体験してもらうことが内容となっている。
日本では、インターンは短期型で無給のケースが圧倒的に多い。無給の割合は9割に上ると言われており、それはトヨタも例外ではないようだ。
国内新興勢は?
では、国内新興勢はどうだろうか。ティアフォーは学生研究者プログラムを設立し、コンピューターサイエンス、電気電子工学、インテリジェントメカニクスの各分野で最長3年間、月額25万円~40万円の奨学金サポートを提供している。
インターンシップでは、実際の問題解決や自動運転技術に関する最先端の研究論文の調査、検証、拡張、OSSへの自動運転技術の貢献などを通じて、最先端の自動運転システムの研究開発を体験する。時給2,000〜3,000円が設定されている。
Turingは、リサーチチーム:大規模なGPUクラスタを利用してビジョンベースの自動運転に向けた深層学習モデルやレベル5自動運転に利用するマルチモーダル基盤モデルの研究開発を担うリサーチチームをはじめ、自動運転機能の開発を手掛けるプロダクトチーム、自動運転機能の開発チームと車両チームの中間に位置するプラットフォームチームなどに希望に応じてアサインする。時給1,800円~としているようだ。
待遇面で米テック企業と比べるのはさすがに酷だが、新卒者レベルの待遇を用意し、実務を通じて事業への関心や技術力向上を図ることができるよう努めているようだ。
■トヨタ社員の給与と比較すると?
テスラのインターンはトヨタの平均給与を軽く上回る
トヨタの2023年3月期の有価証券報告書によると、同社の平均年間給与は895万4,285円となっている。
▼2023年3月期有価証券報告書|トヨタ自動車
https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/library/securities-report/archives/archives_2023_03.pdf
エンジニア系のみに絞った給与水準などは不明だが、テスラのAI・ロボット系インターン給与(約1,500万~2,300万円)と比較すると、物価水準などを差し引いても企業文化の違いをまざまざと見せつけられた印象だ。
従業員全体で見ればトヨタもテスラも同レベル?
では、従業員全体で見た場合、テスラとトヨタにそこまでの差はあるのだろうか。米国企業の報酬データ情報などを取り扱うPayscaleによると、テスラ従業員の平均給与は10万5,000ドル(約1,600万円)、フォードは98,000ドル(1,540万円)、GMは93,000ドル(1,460万円)となっている。
為替や物価水準を踏まえると、全体としてはそこまで大きな差はないように思われる。最先端の研究開発を担う一部のエンジニアが特別な待遇を受けているのかもしれない。
TRIのエンジニアは2,400万~3,400万円
参考までに、トヨタグループにおいて先端技術開発を担う米国拠点Toyota Research Institute(TRI)の求人情報を見てみよう。
AI系では①機械学習研究者・カーボンニュートラル②未来の製品イノベーション研究、ロボット工学系では③エンジニア – モバイル操作、動作④ロボット基礎モデル(大規模動作モデル)研究――といった職種が用意されている。
①では、主に生成AIモデルの分野で実用的価値や倫理的価値の高い未解決の問題を解決し、現実世界のベンチマークやシステムで検証する大胆な研究を実施する。行動科学、人間とコンピュータの相互作用の研究、機械学習を融合し、カーボンニュートラルな行動の理解や予測、実現を図っていくようだ。
②では、大規模組織で製品を市場投入する方法について、アイデア創出の心理的プロセスと GenAIによる介入の新しいアフォーダンス、AIを介したツールを通じて設計からエンジニアリング、戦略までさまざまな協力者の視点をまとめる新しい方法の検討などを行う。
③では、操作、ナビゲーション、人間とロボットの相互作用など、知覚を自律ロボットの動作にリンクするアルゴリズムの開発、統合、展開を手掛ける。
④では、汎用ロボットの基礎モデルを構築するダイナミックで緊密に連携した研究チームの一員として働く。インタラクティブな具体化されたデータとテキスト、画像、ビデオなどのオンラインデータソースの組み合わせから、ロボットの動作を学習するための最先端の方法について実装、拡張、作成を行う。
各職種とも、カリフォルニアを拠点とする役職の場合年間15万1,800~21万8,213ドル(約2,400万~3,400万円)が見込まれるという。日本国内と比べればやはり待遇は良いようだ。
なお、テスラの中途採用では、例えば自動運転基礎モデルの研究を担うエンジニア職は、11万6,000~36万ドル(約1,800万~5,600万円)となっている。
Waymoの中途採用では、学習済みのマルチモーダルモデルを自動運転の領域に適応させる上級エンジニア職が19万2,000~24万3,000ドル(約3,000万~3,800万円)、機械学習TLM、シミュレーションリアリズムを担うエンジニア職が27万2,000~34万6,000ドル(約4,300万~5,400万円)、LLM/VLMを手掛けるソフトウェアエンジニア職が15万8,000~20万ドル(約2,500万~3,100万円)となっている。
いずれも上限は高いものの、TRIと比較して格別高水準というわけでもなさそうだ。
【参考】テスラの自動運転関連の求人については「テスラ、幹部を解雇し「最大年収5,600万円+α」で自動運転人材を募集」も参照。
■【まとめ】エンジニア間の格差はやはり大きい?
エンジニア以外も含めた平均給与を比較した場合、為替・物価水準を踏まえれば日米間でそこまで大きな差は生まれていない。
一方、自動運転開発を担うエンジニアで比較した場合、米国では明らかに好待遇が確保されており、日本のエンジニアと比べその待遇水準に大きな差があるようだ。
社会や文化そのものの違いの影響も大きいが、やはり最先端技術に対する関心度・本気度・意識の違いがあるように感じられる。この部分の溝を埋めなければ、米国との開発力の差は開くばかりではないだろうか。
エンジニアの育成はもとより、その地位向上や研究開発そのものの価値向上を社会全体で図っていく必要があるのかもしれない。
【参考】関連記事としては「自動運転業界、「理数系」の平均年収1,600万円!米調査」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)