デジタル通貨は「MaaS」革命の立役者になれるか

決済通貨としての可能性を探る



出典:アイリッジ社プレスリリース

長野県松本市は、経済対策の一環として2021年12月から電子クーポン「まつもとコイン」を導入する。クーポンは「まつもと冬割キャンペーン」の参加者に配布され、市内の飲食店や観光施設など約200店舗で利用できる。利用されたクーポンは二次流通可能で、受け取った側は再度使用することができるようだ。

これは、デジタル通貨と地域通貨の特徴を合わせ持った「デジタル地域通貨」と呼ばれるものだ。こうしたデジタル通貨は、MaaSとの相性がすこぶる良い。


この記事では、MaaSにおけるデジタル通貨の可能性について解説していく。

■デジタル通貨と地域通貨
デジタル通貨とは?

デジタル通貨に明確な定義はないが、一般的にデジタル化された通貨全般を指す。キャッシュレス決済で利用される電子マネーをはじめ、暗号通貨・仮想通貨なども含む。

円やドルといった法定通貨に基づき、銀行口座などに紐づいて物理的な貨幣のやり取りなしにコンピュータ上でお金のやり取りを行う仕組みはもはやスタンダードな存在となっている。

ビットコインに代表される仮想通貨は、法定通貨に基づかず、開発者が独自に発行するデジタル通貨の一種だ。その価値を認める者同士の取引において通貨の代わりにやり取りすることができる。法定通貨に換金することもできるが、投機目的で利用される場合も多く、その価値は乱高下するほか、開発者の責において発行されているため場合によっては後ろ盾が乏しく、リスクを伴うケースもある。


このほか、近年は世界各国の中央銀行自らがデジタル通貨を発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)に向けた取り組みも進められている。中央銀行の債務として、貨幣の代わりにデジタル通貨を発行するものだ。国が発行することで、原則どこでも誰でも使用できるものとなる。

地域通貨の存在

一方、21世紀に入る頃から一時ブームのように各地に誕生した「地域通貨」の存在がある。自治体内の店舗や商店街限定で使用可能にすることで域内流通を促進する狙いで、自治体や商業団体、まちづくり団体などが発行している。通貨そのものにプレミアム(割増)を持たせたり、使用時に割引などのサービスを付与したりするなど独自サービスを展開することで利用を促進している。

国による地域振興券やプレミアム付き商品券政策と連動する形で発行されるケースも多く、プレミアム付き商品券が使用できる対象店舗を限定し、実質的に期間限定の地域通貨とするケースもある。

ただ、紙幣の印刷費に代表されるコストも相応に大きく、地域経済活性化との費用対効果の観点から一過性のものとして終わるケースも少ないないのが現状だ。


■MaaSにおける決済
MaaSにはさまざまな決済が内在する

MaaSは、地域におけるさまざまな交通手段を1つのサービスとして結び付け、移動に利便性をもたらすサービスだ。多くの場合スマートフォンを活用し、同一アプリで複数の交通手段を交えた検索や予約などを行うことができる。

MaaSが高度化すれば決済も統合され、さまざまな交通手段を一括精算することも可能だ。エリア内の複数交通手段を月定額化したサブスクリプションサービスの導入を図る動きもある。

また、日本版MaaSの特徴として、異業種との積極的なコラボレーションが挙げられる。エリア内の飲食店や観光施設などを移動に結び付けることで、移動そのものの付加価値を高めるとともに地域経済を活性化させる狙いだ。このほかにも、医療や不動産など、さまざまな業種と結び付ける取り組みが各地で進められている。

【参考】MaaSについては「MaaSとは?定義や意味は?2021年も各地で実証実験」も参照。

決済手段の統一が課題に

このようにさまざまな交通手段をはじめ、小売店舗なども巻き込みながら成長するMaaSだが、決済手段に課題を抱えているケースも多い。MaaSを通じた決済手段の統一が難しいのだ。

交通系ICカードなどが軸となっている場合が多いが、MaaSに参加する各交通事業者がそのデジタル決済に必ずしも対応しているわけではなく、個別に決済しなければならないケースはまだまだ多い。

また、飲食店や観光施設などの連携も、デジタルチケット化してMaaS決済に組み込むケースが多いが、通常の飲食店利用者にはまず利用されることはない。当然かもしれないが、MaaSファーストの決済となっているためだ。移動に結びつかない日常的な決済とMaaSにおける決済が分離されていると言える。

デジタル地域通貨がMaaS決済を統一?

こうした場面で、デジタル地域通貨を導入したケースを想定する。デジタル地域通貨はエリアの各店舗で気軽に利用できることが前提となるが、このデジタル地域通貨をMaaS決済に組み込むことで、エリア内住民の利便性は大幅に増す。地域における買い物や飲食、移動を1つの決済手段に統一できるのだ。

MaaSサイドにおいても、地域住民がMaaSを気軽に利用するきっかけになり得る。今までMaaSと距離を置いていた住民へのアプローチとして有効なのだ。デジタル地域通貨を介することで、MaaSを含む形で地域の一体性を育むことが可能になる。

こうしたデジタル地域通貨が定着すれば、移動や飲食などさまざまなサービスを絡めた割引サービスやポイント付加なども容易になり、地域密着性を高めながら地域の活性化に寄与することができるのではないだろうか。

さらに、個別の決済手段を採用する各交通事業者が、デジタル地域通貨を介することで企業間の精算を行うことなども想定される。地域ファーストであるデジタル地域通貨を軸とすることで、MaaSが抱える決済の課題を解決することも可能になりそうだ。

■デジタル地域通貨に関する取り組み
フィノバレーが提供するデジタル地域通貨プラットフォーム「MONEY EASY」

冒頭で紹介した「まつもとコイン」は、長野県在住者とFDA(フジドリームエアラインズ)で信州まつもと空港を利用する県外旅行者を対象に、1人あたり2,000円分が付与される。付与されたまつもとコインは市内店舗で使用でき、二次利用も可能とすることで域内流通を高める狙いだ。

キャンペーンによるコインの配布は2022年3月で終了するが、コインの継続的利用も視野に入れているようだ。

このまつもとコインのデジタル地域通貨プラットフォームは、フィンテック事業を手掛けるフィノバレーの「MONEY EASY」を採用している。同社のプラットフォームは松本市のほか、岐阜県飛騨・高山地方の「さるぼぼコイン」や、千葉県木更津市の「アクアコイン」、大分銀行の「デジタル商品券発行スキーム」などで活用されており、今後導入を見込む地域もあるようだ。

出典:アイリッジ公式サイト
三菱総研もMaaSやデジタル地域通貨の実用化に注力

三菱総合研究所は2020年1月、MaaSやデジタル地域通貨などの実用化によって地域経済の発展と社会課題解決に積極的に取り組んでいくことを発表した。

地域DX事業部を設置し、①デジタル地域通貨やポイントの適用事例づくりや地域実装②利用者の嗜好や目的に合わせた目的型MaaS事業の開拓③これらを推進するビジネスモデル構築やプラットフォーム開発――を進めていくとしている。

同社は近鉄グループホールディングスと「近鉄しまかぜコイン」の実証事業を2019年11月から3カ月間にわたり実施している。伊勢・鳥羽・志摩限定のデジタル地域通貨を近鉄グループが主体となって発行する取り組みだ。

このように、交通事業者が主体となってデジタル地域通貨を発行し、地域に定着させていく試みも考えられる。

■【まとめ】デジタル地域通貨が地方の課題解決とイノベーションを両立させる

MaaS決済にデジタル地域通貨を導入し、利便性を促進する取り組みは今後増加する可能性がありそうだ。一方、地域通貨特有の課題として資金決済法による規制などもあり、現状誰もが自由にサービスを提供できるわけではない。

次世代に向けたイノベーションにおいて、決済手段のデジタル化は大きなテーマだ。岸田文雄首相は「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、デジタルの力で地方から新しい時代の成長を生み出す考えを示している。デジタル庁も設立された。

手当たり次第にデジタル化を図れば良いわけではないが、デジタル地域通貨は地方が抱える課題解決とイノベーションを両立させる可能性を秘めている。こうした面においても、規制緩和や導入促進を図る方策が求められそうだ。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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