トヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市/代表取締役社長:豊田章男)の2020年3月期(2019年4月1日〜2020年3月31日)の決算発表がインターネットのオンデマンド配信で公開された。新型コロナウイルス感染拡大に伴いインターネットのみで行われた決算発表だが、豊田章男社長のスピーチからは、トヨタだけではなく日本経済を支える強い気概が感じられた。
自動運転ラボは速報記事「自動運転車を検証するWoven City「やり抜く」 トヨタ決算発表で強調」でも決算発表について報じたが、この記事では豊田社長のスピーチの全文を書き起こした。説明会で紹介されたスライドとともに紹介していこう。
記事の目次
■数多くの危機に直面することで強くなったトヨタ
豊田でございます。本日は決算内容を踏まえ、トヨタとしてコロナ危機にどのように立ち向かっていくのかについて私の思いをお話しいたします。私が2009年に社長に就任して以降、数多くの危機に直面し乗り越えていく中で、トヨタの企業体質は少しずつ強くなってきたと思っております。
まずリーマンショックの直前から現在に至るまでの収益構造の変化をご覧いただきたいと思います。リーマンショックは直前の3年間は為替の恩恵と販売台数増で営業利益を増やしていたものの、固定費は大幅に増加しており、為替を除いた事業の収益構造は決して良くはありませんでした。この時期に規模拡大のスピードが人材育成のスピードを上回り、のちのリコール問題にもつながっていったのだと思います。
リーマンショック直後の1年間は販売台数が135万台、前年比で約15%も減少し円高の影響も重なったため4610億円の赤字に転落いたしました。
私が社長に就任した直後の四年間は、リーマンショック、大規模リコール問題、東日本大震災、タイの洪水、超円高をはじめとする六重苦など数々の危機への対応に追われながらも全社一丸となって乗り越えた時期であったと思います。
この4年間で販売台数をリーマンショック前のレベルまで挽回できました。同時に研究開発費、設備投資を急激に低減することで固定費を圧縮し、2013年3月期は為替が1ドル83円の超円高にも関わらず1兆3208億円の営業利益を確保いたしました。しかし出血を止めるために将来の投資も含めすべてをやめたことで、本当の意味での体質強化にはまだしばらく時間が必要となりました。体重を落としスリムにはなったものの、必要な筋肉まで落としてしまった時期だと思います。
足元の7年間は、もっといいクルマづくりを加速するための投資やCASE対応に向けた投資によって固定費は増加いたしました。しかし原価改善などにより、それを吸収しながら体質を強化した期間でした。最初の3年間はいわゆる「意志ある踊り場」として真の競争力強化を目指しましたが十分な成果は得られなかった、というのが私の自己評価です。意志ある踊り場で痛感したことがございます。それは平時における改革の難しさです。
■「意志ある踊り場」と変革への闘い
昨年の決算発表の場でトヨタの課題はなにかというご質問を頂き、私は「トヨタは大丈夫」という気持ちが社内にあることだとお答えいたしました。長い年月をかけて定着してしまったトヨタは大丈夫という社内の意識、それを前提にものを考える企業風土、これらの変革に本気で取り組むきっかけになったのが私にとっての意志ある踊り場だったような気が致します。
そこに100年に1度の大変革が重なってきたものですから、この数年間はトヨタらしさを取り戻す闘いと未来に向けたトヨタのフルモデルチェンジの両方に、がむしゃらに取り組むことになったわけでございます。
正解がない時代に会社を変えるためには経営層から変わらなければならないと考え、この間カンパニー制の導入、7人の侍体制や副社長の廃止など、役員組織の体制を抜本的に見直してまいりました。現役だけではなく相談役制度についても見直しを実施いたしました。春の交渉をはじめとする従業員とのコミュニケーションについても、本気で本音で向き合ってまいりました。
トヨタの労使には、会社は従業員の幸せを願い、組合は会社の発展を願うという共通の基盤がございます。この大変革の時代に従業員の幸せを本気で願った時に、ベースアップや一律の配分といったこれまでの常識にも踏み込まなければならないと考え、労使で徹底的に議論し抜本的な働き方改革に取り組んでおります。
こうした改革を行うたびに社内外から「そこまでしなくても」という声が私の耳にも届きました。危機感を煽りすぎだとも言われました。それでもやり続けてまいりましたのは、自分が思い描く理想の形で次世代にタスキを渡したい、この一念に尽きると思います。
トヨタらしさを取り戻すというのは、過去に時間を使うことだと思います。過去に時間を使うのは私の代で最後にしたい、次の世代には未来に時間を使わせてあげたい。だからこそ未来に向けた種まきだけはしておきたい。これが私の考える理想のたすき渡しです。
■未来に向けて志を同じくする仲間と連携したい
こうした思いのもと、未来に向けてはアライアンスによる仲間づくりを積極的に推進してまいりました。アライアンスの考え方も大きく変えてきたと思います。資本の論理で傘下に収めるのではなく、志を同じくする仲間をリスペクトし、仕事を通じて連携していくというのが私たちの基本スタンスです。その結果、非常に短期間で異業種も含めた多くの仲間とのネットワークを作ることができました。
これまでのトヨタグループの連携についても、「ホーム&アウェイ」という新しい選択のもと、個社としてだけではなく、グループとして共に強くなるという考え方に大きく変えてまいりました。また、モビリティカンパニーへのフルモデルチェンジを念頭に、政策保有株の見直しや遊休不動産の売却などアセットの組み換えにも取り組んでおります。
この数年間の取り組みをまとめますと、これまでの古いセオリーから脱却し、新しい時代の、新しいトヨタのセオリーを構築していくということではないかと思います。
■コロナ危機下でも堅実な見通し
そして2021年3月期の見通しです。今回のコロナ危機ではリーマンショック以上の販売台数195万台、前年比約20%の減少が見込まれるものの、営業利益は5000億円の黒字確保を見込んでおります。これは現時点での見通しではありますが、なんとかこの収益レベルを達成できたとすれば、これまで企業体質を強化してきた成果と言えるのではないかと思っております。
ここからはトヨタが長年に渡ってずっとこだわり、ずっとやり続けてきたことをお話しさせていただきます。それは国内生産300万台体制の死守です。これは日本だけの話をしてるわけではございません。
これまで日本がマザー工場となってトヨタのグローバル生産を支えてまいりました。国内生産体制はグローバルトヨタの基盤であるとも言えます。しかしこれは成り行きであるものでも、当たり前にあるものでもありません。超円高をはじめ、これまでどんなに経営環境が厳しくなっても、日本にはものづくりが必要でありグローバル生産を牽引するために競争力を磨く現場が必要だ、という信念のもと、まさに石にかじりついて守り抜いてきたものでございます。
トヨタだけを守れば良いのではなく、そこに連なる膨大なサプライチェーンとそこで働く人たちの雇用を守り、自動車産業の要素技術とそれを支える技能を持った人材を守り抜くことでもあったと考えております。
今回のコロナ危機に際し、必要な時に必要なものが手に入らないという事態に世界中が直面いたしました。ある方がこの事態を「マスク現象」と表現されておられました。振り返りますと、マスクのほとんどを国内で調達できなくなっていたということだそうです。より良いものをより安く作る、これはものづくりの基本です。しかし安く作ることだけを追求してしまうと、このような現象が起こるのではないでしょうか。
■モノづくりはなんとしても守り続ける
モノづくりにはもうひとつの大切な基本があります。それは「モノづくりは人づくり」ということです。人はコストではありません。人は改善の源であり、ものづくりを成長・発展させる原動力です。
コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中で、多くのものづくり企業が医療用フェイスシールドやガウン、マスクなどの生産に乗り出しました。私たちも米国ではすぐに3Dプリンターを使い医療用のフェイスシールドを作り、日本や欧州などグローバルに展開をしてまいりました。また人工呼吸器のように自分たちでは作れないものについても、GPSを活用した生産性向上支援に取り組まさせて頂いております。
こうしたことができるのは、国内生産300万台体制にこだわり、日本にものづくりを残してきたからだと思っております。私たちが石にかじりついて守り続けてきたものは、300万台という台数ではありません。守り続けてきたものは世の中が困った時に必要なものを作ることができる、そんな技術と技能を習得した「人財」です。こうした人財が働き育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しております。コロナ危機に勅命した今でも、この信念に一点の曇りも揺らぎもございません。
ただ、皆様にご理解いただきたいことがございます。それは守り続けること、やり続けることは決して簡単なことではないということです。今の世の中、V字回復ということがもてはやされる傾向があるような気がしております。雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、色々なことをやめることによって個社の業績を回復させる。それが批判されるのではなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。それは違うと私は思います。
企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しい時でも、いや苦しい時こそ、歯を食いしばって技術と技能を有した人財を守り抜いてきた企業が、日本にはたくさんあると思います。そういう企業を応援できる社会が、今こそ必要だと思います。是非モノづくりで日本を、日本経済を支えてきた企業を応援していただきますよう、お願い申し上げます。
■世界中の人々に頼りにされ、必要とされる企業に
最後に今私が最も大切だと考えていることを申し上げます。本日は決算説明会でありますので、これまで多くの危機を乗り越える中で、トヨタの企業体質が強くなってきたというお話をさせていただきました。しかしこの11年間、私はトヨタを強い企業にしたいと思ったことは一度もございません。
トヨタを世界中の人々から頼りにされる企業、必要とされる企業にしたいという一心で経営の舵取りをしてきたつもりでございます。大切なことは、何のために強くなるのか、どのようにして強くなるのかということだと思います。私は世の中の役に立つために、世界中の仲間と「ともに」強くならなければいけないと思っております。
少し話はそれますが、ゴールデンウィーク中にある方からお手紙をいただきました。そこにはこんなことが書かれておりました。
「池の周りを散歩していると、鳥や亀や魚が忙しそうに動き回ってる様子を目にします。人間以外の生き物はこれまでどおりに暮らしている、人間だけが右往左往している。人間が主人公だと思っている、地球という劇場の見方を変える良い機会かもしれません」
私も全く同感です。今回の危機で考えさせられたことがございます。それは人間として、企業としてどう生きるのかということです。地球とともに社会とともに、すべてのステークホルダーと共に生きていく、「ホームタウン」「ホームカントリー」と同じように、「ホームプラネット」を大切に企業活動をしていくということです。
そしてもう一つ、多くの人たちが改めて気づいたことがあると思います。それは感謝の気持ちです。医療の最前線で我々の命を守ってくださっている方々はもちろん、私たちの日常を支えてくださっているすべての方々に対する感謝の気持ちです。
今まで当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなった今、当たり前のものなど何一つない。どこかで誰かが頑張っているお陰なんだ、ということに気づかされます。地球環境も含め、人類がお互いに「ありがとう」と言い合える関係を作っていく、企業も人間もどう生きるかを真剣に考え、行動を変えていく。私たちは今大きなチャンスを与えられているのかもしれません。そしてそれはラストチャンスかもしれません。
■トヨタの使命は「幸せを量産」すること
トヨタは日本で生まれ、世界で育ったグローバルなモノづくり企業です。私たちの使命は、世界中の人たちが幸せになる物やサービスを提供すること、「幸せを量産」することだと思っております。そのために必要なことは、世界中で自分以外の誰かの幸せを願い、行動することができるトヨタパーソンを育てることだと思っております。
私流に言えば「Youの視点」を持った人財を育てるということです。これが「with コロナ」「アフターコロナ」の時代に向けて私自身が全身全霊をかけて取り組むことだと思っております。そしてこれは誰一人取り残さないという姿勢で国際社会が目指しているSDGs-持続可能な開発目標に本気で取り組むことでもあると考えております。
人類に乗り越えられない危機はありません。コロナ危機を共に乗り越えていくためには、私たちがお役に立てることは何でもする覚悟でございます。今後ともご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。本日はご清聴ありがとうございました。
■【まとめ】コロナ危機を「ともに」乗り越える優しさを強調
コロナ危機の現在でも、必ず苦しい状況は乗り越えるという強さと、志を同じくする仲間と「ともに」未来を目指すという優しさの見える章男社長のスピーチであった。今後もトヨタの取り組みに注目していきたい。
【参考】関連記事としては「【速報】自動運転車を検証するWoven City「やり抜く」 トヨタ決算発表で強調」も参照。