自動運転技術を専門的に学ぶことができる電動モビリティシステム専門職大学が、令和7年度入学者の募集を停止すると発表した。開学からわずか2年の事態に、関係者の間に衝撃が走った。
将来性豊かな研究開発分野の自動運転だが、学生には不人気なのだろうか。自動運転開発に力を入れる大学は数知れず、今後も取り組み強化が図られていきそうな気配だが、自動運転学科は成り立たないのだろうか。
電動モビリティシステム専門職大学の動向とともに、国内大学における自動運転研究の在り方に迫ってみよう。
【参考】関連記事としては「【2024年最新】自動運転技術の現状・課題まとめ!位置特定技術、AI技術、予測技術など」も参照。
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■電動モビリティシステム専門職大学の動向
山形県飯豊町で2023年に開学
電動モビリティシステム専門職大学(以下、電モビ大学)は2023年4月、山形県飯豊町で開学した。宮城県仙台市で自動車整備大学校などを運営する赤門学院が設置者だ。飯豊町は2013年から「飯豊電池バレー構想」に取り組んでおり、この一環として同大学を誘致した。
電気自動車と自動運転に特化した世界初の大学で、100年に一度の大変革を迎える自動車関連産業において、「Pioneer in e-Mobility System(電動モビリティシステム開拓者)」として国内にとどまらず世界に向けこれまでにない新たな製品や新たなサービスの開発を行う設計者の育成を目指すとしている。
専門職大学は専門学校とは異なり、「学士(専門職)」という専門職学位を取得することができる。一般的な大学の「学士」とは異なるが、これと同等のものとされる。
学部は電気自動車システム工学部電気自動車システム工学科の単一学部・学科で、入学定員は40人。電気自動車システム全体やその構成要素となる電池、モーター・インバータ、車体、自動運転全体を学習した後、専門分野を選択して学びを深めることができる。
教授陣は専任教員23人、非常勤講師20人と手厚く、自動運転領域はホンダで4輪操舵や自動運転、人間型ロボットなどの開発プロジェクト責任者を歴任した古川修氏が務める。
地域共創コンソーシアムも設立
地域連携関連では、飯豊町と山形県、電モビ大学が2023年6月に「電動モビリティ地域共創コンソーシアム」を設立し、地域企業や住民との交流・連携の場を創出している。「地元で学ぶ、働く、暮らす」循環の構築や県内外の企業とのネットワーク構築を推進し、人材の県内定着や企業の技術力向上、新産業創出・EV関連産業への参入支援を図っていく構えだ。加盟団体には、山形鉄道や山形銀行など13団体が名を連ねている。
2年間の入学者は計4人どまり……
業界のみならず地域の期待を背負う電モビ大学だが、思うように学生は集まらなかったようだ。学年定員40人のところ、2023年度の入学者は3人、2024年度は1人に留まった。
状況が好転する材料も見当たらなかった様子で、2024年10月、2025年度の募集を停止することが発表された。理事会における経営改善策や他法人への承継などギリギリまで模索したが有効な打開策を見いだせなかったという。
清水浩学長は、これまでの志願状況が芳しくなかったことを一番の要因に挙げ、広報活動が足らず全国の高校へ認知度を浸透させることができなかったとしている。
在学生についてはこれまでと変更なく卒業までしっかりと教育を進め、就職についてもサポートしていく。
▼令和7年度入学者選抜学生募集の停止について
https://www.mobility-ac.com/post/令和7年度入学者選抜学生募集の停止について
■募集停止の背景・要因
立地は?地場産業との結びつきは?
定員40人に対し、入学者が2年間で4人……と言うのは、正直惨敗と言える。学長が言うように広報不足は否めないが、ほかに挙げるべき要因はないだろうか。立地面では、県内においては山形市から約40キロ、米沢市から約20キロほどだが、山形県は四方を山に囲まれており隣県からのアクセスは正直厳しい。
県外から寮生活を想定して移住するほどの魅力を創出できるか――という点が課題となり得る。また、県内における自動車産業の観点から見ても、特段の強調材料が見当たらない。部品製造など自動車関連産業は一定の規模を誇っているものの、それは他県も同様だ。電モビ大学で学んだ知識を生かせそうな特段の風土が足りないと言える。
次に、専門領域としてのEVや自動運転を考えてみよう。これらに関する専門知識の習得は非常に興味深いところだが、高校生が進路を考える段階で明確に「自動車産業」に絞っていない限り、なかなかモビリティ大学を選択することはできないのではないだろうか。
電気自動車システム工学部・電気自動車システム工学科に特化されているため、将来の選択肢は基本的に自動車関連産業に限られる。工業高校系の生徒など予備知識を踏まえて将来を見据えている場合を除き、普通科の生徒ではなかなか足を踏み出せないものと思われる。
電モビ大学の立ち位置は中途半端?
リスキリングの観点では有望なようにも感じられるが、どこまで第一線で活躍できるかは未知数であり、不透明だ。電モビ大学を卒業してトヨタなどに就職できたとして、開発を主導できる立場に就けるか?――と言えば、断言はできない。
俗に言う高学歴の大卒メンバーと肩を並べた上で頭角を現す必要があるためだ。産業として裾野は非常に広いが、第一線で開発に携わることができるのはほんの一握りの世界と言える。サプライヤー含め、実際に開発現場で必要とされているエンジニアがどれほどいるのか、その中でどういった立ち位置になるのかなど、いまいちわかりにくいのだ。
また、開発現場ではなく製造中心の現場に行くのであれば、電モビ大学に進学するメリットがどれほどあるのかもわからない。専門学校のほうが効率が良いのでは?――とも感じる。
つまり、電モビ大学の位置付けが中途半端ではないか?――ということだ。将来の進路としてEVや自動運転開発は魅力的であり将来性も豊かであるものの、次世代技術であるがゆえに高いポテンシャルを求められ、実質的に狭き門となりがちだ。こうした領域に、電モビ大学に進学することでどこまで刺さりこめるのかに自信を持ちにくいのではないだろうか。
同領域への進路を諦めたとしても、その領域に特化したがゆえに応用可能な分野が狭く感じられ、他の分野への進路を見出しにくい印象を受ける。
新設大学ゆえ仕方のないことだが、具体的な進路をもう少し明示できれば違った結果が出たかもしれない。その意味では、卒業生の進路を実績として語ることができる4年分の体力が欲しかったところだ。
【参考】関連記事としては「日本初!自動運転などに特化した「専門職大学」開学へ」も参照。
国内大学には自動運転学科が存在しないという事実
国内の一般大学では、自動運転学部はもとより自動運転学科も存在しないのが現状だ。専門性が強すぎるため学部にはなり得ず、学科の分類においてもなお専門性が強いのだろう。
工学部や理工学部といった大枠の中の情報システム学科・情報科学科の中に、自動運転を専門的に学ぶ研究室を設ける――といった形が一般的だ。それだけ専門的であり、ニッチでもあるということだろう。
こうした形であれば、学生は入学時点で進路に幅を持つことができ、大学内での学習・研究を通じて自らの適性や進路を固めた上で専攻として自動運転の道に進むことができる。
専門性の高さ故、じっくりと自身の適性を見極める過程が重要なのだ。入学時点で早々に選択すると、自らの道を狭めることになりかねない――といったところだ。
以下、自動運転の研究開発に力を入れる大学をいくつかピックアップし、紹介していく。
■自動運転の研究開発に力を入れる大学
埼玉工業大学 工学部 情報システム学科 自動運転専攻
自動運転分野の研究に力を入れる埼玉工業大学は、2025年4月に国内大学で初となる自動運転専攻を開設する予定だ。募集人数は40人としている。
同大学は2016年にものづくり研究センターを新設した際に次世代自動車プロジェクトを立ち上げ、自動運転に関する研究開発に本格着手した。2019年度には、情報システム学科にAI専攻を新設したほか、私立大学初となる自動運転技術の全学的な研究組織「自動運転技術開発センター」を設立し、実用化に向けた研究開発を強化している。
同大学が開発した大型自動運転バスをスクールバスとして活用するなどサービス実証も豊富で、2024年1月からは自動運転技術開発センターの研究員を倍増し、研究・開発体制を大幅強化してレベル 4 対応を視野に産学官連携で開発を推進している。
自動運転専攻の開設は、国内大学の中では最も尖った取り組みと言えそうだ。少人数の研究室ではなく、一つのコースである専攻で成り立つのかどうか。同大学の取り組みは、業界にとっても試金石となりそうだ。
【参考】埼玉工業大学の取り組みについては「時代を先取り!日本初、大学に「自動運転専攻」が誕生 埼玉工業大が発表」も参照。
金沢大学 高度モビリティ研究所【ADMORE アドモア】
1990年代から自動運転に関する研究を行っている金沢大学。2015年に研究拠点「新学術創生研究機構」を設立し、機構内に自動運転知能の構築と活用施策を検討する自動運転ユニットを設置した。2021年には同ユニットを発展的解消し、新たに高度モビリティ研究所を立ち上げた。自動運転技術をコアにさまざまなモビリティの高度化を図り、産学官金連携のもと付加価値を提供していく構えだ。
研究所には、次世代モビリティサービス部門、自動運転技術部門、認識技術部門、先進車両技術部門、未来社会創造部門が設置されている。
2024年6月には、同大の菅沼直樹教授らが自動運転開発を手掛けるベンチャー企業ムービーズの設立を発表した。金沢大学認定ベンチャーとして、全天候型のマップレス自動運転実現を目指している。
名古屋大学 未来社会創造機構モビリティ社会研究所
名古屋大学は、モビリティに関するイノベーション拠点として2011年にグリーンモビリティ連携研究センター(GREMO)=現:未来社会創造機構モビリティ社会研究所=を設立し、先進ビークルやモビリティサービス、社会的価値を領域に据え研究や人材育成を図っている。
低速度で人や社会と協調する自動運転技術「ゆっくり自動運転」など公道実証経験も豊富で、同大発ベンチャーには自動運転ソフトウェア「Autoware」の開発で知られるティアフォーを筆頭に、ルート最適化クラウドサービス「Loogia」を提供するオプティマインドなどだ一線で活躍するスタートアップが名を連ねている。
群馬大学 次世代モビリティ社会実装研究センター
群馬大学は2016年に管制・遠隔運転室やシミュレーション室などを備えた次世代モビリティ社会実装研究センターを開設し、自動運転技術を用いた社会システムの研究に本格着手している。
研究センターでは、レベル4技術の研究開発をはじめ、低速走行するスローモビリティ、高齢者でも運転しやすい小型EV開発を進めるCRANTS NNC プロジェクト、遠隔空間プロジェクト(計画中)などを進めている。
2020年には、同大発ベンチャーとなる日本モビリティが設立された。同大教授の小木津武樹准教授が会長を務め、自動運転システムの提供や自動運転車の構築、実証コーディネートなど社会実装に向けた様々な取り組みを展開している。
東京工科大学 コンピューターサイエンス学部 人工知能専攻
東京工科大学は、国内で唯一のコンピューターサイエンス学部を開設している。同学部の人工知能コースのコンピュータビジョン研究室では、レベル5の完全自動運転を実現するための諸問題の解決法の検討などを進めている。
また、工学部ではメカトロニクスやロボティクス関連の研究室が多く、陸海空移動ロボティクス研究室などもある。
2024年4月には未来モビリティ研究センターが設立された。モビリティを核に工学、デザイン、コンピューターサイエンスなどさまざまな分野の知識をAIやデジタル技術を使ってまとめる仕組みを提供していくという。
■【まとめ】より高い専門性を求めて選択するのが自動運転
自動運転専攻を開設予定の埼玉工業大学が尖って見えるほど、自動運転に関する学科やコースの設置は難しく、多くは研究室単位で研究開発を進めている。
一方、名古屋大学などのように自動運転をはじめとするモビリティの研究開発に力を入れる大学は研究センターを組織し、専門的に研究開発や事業を進めているようだ。
やはり、大枠の自動運転学部・学科では学生が集まらないのかもしれない。工学部などの枠の中で基礎知識を高めた後、より高い専門性を求めて選択するのが自動運転――といった位置づけのようだ。
【参考】自動運転の研究に力を入れる大学については「自動運転に力を入れる「大学」一覧(2024年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)