自動運転車が起こした事故に関し、自動車メーカー側が「開発意欲の維持」を理由に刑事責任の免責を希望していたことが内閣府の委員会資料で明らかになった。
道路交通法などに規定される事故責任は人間の運転者の存在を前提としており、運転者の概念が消滅する自動運転車には当てはまらない。制度設計・運用に関する見直しが必要となり、開発者や使用者にどこまでの責任を課すべきかが論点となるが、メーカー側は一律の免責を求めたようだ。
自動運転車における事故責任はどうあるべきなのか。有識者はどのように考えているのか。国が設置した検討会の報告内容を解説していく。
記事の目次
■自動運転における刑事責任に関する議論
デジタル庁所管のWGが社会的ルールを議論
自動車メーカー側の要望が明らかになったのは、2024年8月に開催された内閣府所管の消費者委員会だ。「自動運転における消費者保護」を議題に据えた会議の中で、「刑事免責制度は設けるべきではない→メーカーに治外法権を認めることは法治国家に反する(デジタル庁検討会最終報告書)」という文言の入った資料が提出された。
この資料は、デジタル庁所管の「AI時代における自動運転車の社会的ルールの在り方検討サブワーキンググループ(SWG)」構成員を務める高橋正人弁護士が作成したものだ。
デジタル庁所管のモビリティワーキンググループは、事故などが発生した際の責任制度やAI時代における自動運転車の社会的ルールの整備に向け同SWGを設置し、議論を進めてきた。
資料では、メーカーの希望として「プログラムの開発担当者としては、死亡事故が発生しても一律に刑事免責を認めて欲しい」旨紹介されている。理由として、開発意欲の維持(インセンティブの確保)も明記されている。
▼第442回 消費者委員会本会議|内閣府
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2024/442/shiryou/index.html
▼【資料1-2】 自動運転における消費者保護資料0730改訂版(高橋弁護士)
https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2024/442/doc/20240807_shiryou1-2.pdf
SWG「刑事免責制度は設けず」
一方、デジタル庁検討会の最終報告書では刑事免責制度を設けない結論に達したとし、刑事免責制度への反対の立場からの主な発言として、以下を挙げている。
- ①同制度は、自動運転の開発メーカーに治外法権を認めるに等しく法体系に反する。
- ②交通事故の被害者の保護に欠ける。被害者は賠償金の前に、きちんと罪を償って欲しいと思っている。
- ③刑事免責制度を導入しなくても、メーカーの開発意欲は必ずしも失われない。専門的事故調査委員会を設け、事故原因について専門的立場から精査すれば、そうしたプロムグラムの欠陥はどのような科学者であったとしても予測不可能だったと認定される余地が生まれ、安易な起訴は行われなくなる。
- ④道交法を厳密に守れるプログラムであれば、「結果回避義務を尽くした」として刑事責任は発生しない。
医療や航空機における自動運転の領域でも刑事免責制度は設けられていない点や、道路交通法を順守するシステム設計であり、一定の精度のもと正しく動作していれば刑事責任は発生しにくい点などを理由に、免責する必要はないという結論に達したようだ。
自賠法改正の必要性も指摘
資料ではこのほか、メーカーが道交法を十分に理解していない恐れがある点や、自動車損害賠償法3条(賠償義務者)改正の必要性にも触れている。
メーカーの道交法理解不足に関しては、横断歩道の通過に関する同法38条1項前段を例に挙げている。横断しようとする歩行者などがいないことが明らかな場合を除き、横断歩道の直前では停止することができるような速度で進行しなければならない――といった主旨の規定だ。
自動車損害賠償法3条は、運行供用者責任について定めたものだが、過去、国土交通省所管の自動運転における損害賠償責任に関する研究会がまとめた報告書(2018年)では、「レベル0〜4までの自動車が混在する過渡期においては、自動運転においても自動車の所有者、自動車運送事業者などに運行支配及び運行利益を認めることができ、運行供用に係る責任は変わらない」としていた。
▼自動運転における損害賠償責任に関する研究会 報告書(概要)
https://www.mlit.go.jp/common/001226364.pdf
しかし、レベル4においては、ユーザーはハンドル・ブレーキ・アクセルペダルのない物体に座っているだけのケースもあり、事実上運行を支配していない(運行支配の欠如)。実際に支配しているのは自動運行装置そのものであり、そのプログラムを作成しているメーカーが支配しているのではないのか?としている。ただ、メーカーは運行そのものからは利益を得ていない(運行利益の否定)。
運行支配性と運行利益性が分離した状態であり、自賠法上の責任を誰も負わないことになり、消費者保護に欠けるため、同法を改正し「自己のために自動車の運行を支配している者」と書き換え、メーカーの責任とすることを明確にすべきではないか――といった内容だ。
【参考】関連記事としては「自動運転レベル4とは?車種一覧、市販車はある?いつ実用化?」も参照。
■自動運転における責任の在り方
従来の運転者の過失は自動運転システムによる過失に置き換え?
ドライバーレスの無人運転を可能にするレベル4以降においては、従来のドライバーの存在を前提とした法規制が当てはまらないケースが必ず出てくる。
自動車で事故を起こした場合、一般的に運転者には行政責任、民事責任、刑事責任の3つの責任が発生し得る。行政責任は運転免許などに関わるもの、民事責任は事故によって発生した損害を回復するもの、刑事責任は交通安全・社会秩序の維持を目的に運転者などに課される制裁的意味合いを持つものだ。
これらの責任は、要因に応じて運転者や使用者、自動車の製造メーカーに課される。多くの場合は運転者に何らかの過失があり、それに起因して事故が発生する。過労などで使用者責任が問われる場合や、自動車の欠陥に起因していたため製造物責任法のもとメーカーが責任を負うケースもあるが、責任の所在が明確なのだ。
自動運転においては、運転者の役割を自動運転システムが代替するため、自動車制御における過失はそのまま自動運転システムによる過失に置き換える――というのが一般的な見方と思われる。
予測不可能な事故も
ただ、事故の態様はさまざまで、その責任の在り方も多岐に渡る。誰にどのような責任が問われるのかという予測可能性がなく、また過失という概念をAIシステムについて適切に解釈し、運用することにも不確実性が生じる。
歩行者の急な飛び出しにおいても、民事責任はもちろん場合によっては刑事責任が発生し得る。事故の予見可能性や予見義務、結果回避の可能性や義務を全うしていても、事故の発生は相手側の行為に左右され、ケースによっては刑事責任を被ることもあるのだ。
事故を起こさないよう設計・運用されるのが前提ではあるものの、予見が困難なケースが必ず出てくる。そうしたケースにおいても責任を免れることができないのであれば、メーカーに所属する個々の開発者が責任追及を恐れて萎縮する――という心情も理解できる。開発者サイドとしては、完全な免責は難しいにしろ、責任の範囲について一定の線引きをしてほしいところだろう。
事故態様ごとに類型化し保安基準に反映
SWGが取りまとめた報告書によると、一般的に、刑事責任は最終的には結果の軽重、過失の軽重、事案の悪質性の程度、被害感情などの諸般の事情を踏まえて事案に応じた判断となるものの、適正かつ合理的な内容の保安基準などに依拠していた事実があれば、刑事処分の内容を決するにあたり適切に考慮されることになるという。
刑事上の過失(注意義務違反)に関し、注意義務の内容は、結果の予見可能性と予見義務、結果回避可能性と結果回避義務から構成され、自動運転車の製造者にこれらが認められる場合には、事故が発生した場合に責任が生じる可能性があり、他方、具体的予見可能性が認められない場合には過失の構成要素を欠くため刑事責任は認められない。
結果の具体的予見可能性は認められるが回避可能性が認められない場合なども刑事責任は認められないものとされるが、その場合でも可能な限り被害軽減を図っていくことが期待されるとしている。
自動運転車の場合、具体的予見可能性の有無は、事故発生時ではなく自動運転プログラムの設計段階において判断されることが基本になると考えられる。具体的予見可能性の対象となるリスクシナリオは多岐に渡り、これによって適切な判断基準を画することは従来の自動車に比べて困難になる。
また、判例の発想として、結果回避義務違反の程度が著しければ予見可能性を広く認めて有罪に、逆に結果回避義務違反の程度がわずかであれば予見可能性を厳しく見て無罪にしようとする傾向が認められるという。
今後は、裁判例を含む交通事故の法的責任判断や、道路交通法の実運用の状況、一般の交通参加者の道路交通法遵守状況、交通流量などの統計情報、当該時点における技術的状況、国際的な議論の動向などを踏まえながら、道路交通法の内容を適切に踏まえた形でプログラミングすることが可能となるよう、具体的予見可能性及び結果回避義務違反が認められた場合を事故態様ごとに類型的に明らかにし、保安基準などに反映させていくことが望ましいとしている。
【参考】刑事責任に関する議論については「自動運転、刑事責任の「免責規定」が焦点に デジタル庁、有識者から意見聴取」も参照。
【参考】自動運転における事故責任については「自動運転の事故責任、誰が負う?(2024年最新版)」も参照。
事故調査への協力義務付け、独立調査機関の設置も
自動運転における事故責任を判断するのに重要となるのが、事故調査だ。現状、自動運転車には作動状態を記録する作動状態記録装置を備えることが道路運送車両法で規定されており、保存義務も課せられている。
また、自動運行装置の製作者に対する報告徴収及び立入検査や、特定自動運行実施者に対する報告及び検査なども法令上規定されている。自動運転車に係る交通事故調査に関しては、公益財団法人「交通事故総合分析センター」(ITARDA)に自動運転車事故調査委員会が設置されている。
調査委員会では、これまでに1件の調査実績と再発防止に向けた提言がなされているが、その調査の過程において調査委員会の権限が任意調査にとどまるため、交通事故の被害者など一部関係者から話を聞くことができなかったという事案が発生している。
今後の対応として、関係者からの情報収集の在り方や被害者やなどへ配慮した調査報告の公開の在り方について改善を求める声も出ている。
このため、短期的には、迅速かつ実効性のある原因究明に向け、基準認証などの段階において自動運行装置に係る認可取得者に対し、道路運送車両法に基づく権限により、重大事故など一定の事故について調査への協力を義務付けることや、報告徴収権限を行使することによって調査への協力を促す方策について検討を行うことが必要としている。
また、中長期的には、原因究明を責任追及と分離して行うため、職権行使の独立性が保障される運輸安全委員会のような組織による事故調査機関の設置に向けた検討を行うことが求められるほか、事故調査機関による調査と同時並行で捜査を実施する捜査機関との連携の在り方についても検討が必要としている。
■【まとめ】社会的ルールの早期制定を
どうやら、自動車メーカーによる一律の刑事責任免責の願いは叶わないようだ。ただし、無制限に責任を負わされることもなく、自動運転車が守るべきルールや担保すべき安全性が明示され、事故の状況を踏まえ合理的かつ公正に判断されることになりそうだ。
人間のドライバー同様、自動運転システムは特別視されることなく時に責任を負い、時に免責されるのだろう。
早期にルールを制定し、運用後も新たに発生した案件を柔軟にアップデート可能な手法で随時安全性の向上が図られるよう望みたい。
【参考】関連記事としては「自動運転車の事故一覧(2024年最新版) 日本・海外の事例を総まとめ」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)