自動運転タクシー実現でテスラ株は10倍に──。ETF(上場投資信託)運用を手掛けるアーク・インベストの創業者兼CEO(最高経営責任者)のキャシー・ウッド氏がブルームバーグの取材に対し、テスラのポテンシャルについてそう評価したようだ。
アークはテスラを含むハイテク株に投資しているためポジショントーク的な面も否めないが、イーロン・マスク氏率いるテスラなら……という期待感もある。
キャシー氏の考察を交えながら、テスラが有するポテンシャルに迫ってみよう。
記事の目次
■キャシー氏のインタビュー概要
テスラ株約10倍上昇の可能性
ブルームバーグの取材に対し、キャシー氏は自動運転タクシー市場について「世界で8兆~10兆ドルの収益機会」と評価し、テスラのようなプラットフォーマーが半数を占めると予測した。こうした分野への進出により、テスラは株価を約10倍に上昇させる可能性があるとしている。
なお、ブルームバーグによると、テスラは今年8月8日に予定していた自動運転タクシーの発表会を10月に延期するという。発表予定の自動運転タクシー「Cybercab」のプロトタイプのデザイン変更などに時間を要するようだ。
連日続伸を続けていたテスラ株は、この報道を受け急落している。それだけテスラ×自動運転タクシーへの関心・期待が高いということだろう。
株価10倍=アップルの企業価値の2倍の水準
発表延期報道で下がったテスラの株価だが、近々では上昇傾向にある。6月下旬ごろまで180ドル前後で推移していたが、自動車販売台数が市場予測を上回ったことなどを受け続伸し、一時260ドル台まで値を上げていた。
テスラの現在の時価総額は7,628億ドル(約120兆円)となっているが、ピーク時の2021年には400ドル台(調整後換算)を突破し、時価総額1兆2,000億ドル(約189兆円)まで膨れ上がっていた。
業績はもとより、マスク氏のちょっとした発言などに敏感に反応するのがテスラ株の特徴と言える。その意味では、テスラバブルが再来して株価が急上昇し、現在から約10倍に……というのも、完全に否定できるものではないだろう。
仮に現在値から10倍になると、時価総額は驚異の7兆6,300億ドル、円換算で約1,200兆円となる。参考までに、時価総額トップを争うアップルが現在3兆4,440億ドル、マイクロソフトが3兆2,430億ドル、NVIDIAが2兆9,000億ドルの状況だ。このトップ勢を追い越すどころか、倍の水準まで伸びる……という予測は正直眉唾モノだが、偉業を成し遂げてきたマスク氏だけに否定もできない。
まずはテスラの自動運転タクシーの発表を待ちたいところだ。
【参考】テスラの自動運転タクシー構想については「テスラの自動運転タクシー、「発表日」まで残り1カ月!マスク氏の宣言は現実になるか」も参照。
■キャシー氏のテスラ観
キャシー氏はマスク信者?
とんでもない予測を口にしたキャシー氏は、そもそも何者なのか。キャシー氏が率いるアーク社は、「破壊的イノベーション」をテーマに将来有望視されるテクノロジー企業の銘柄ばかりを集めたETF(上場投資信託)を取り扱っている。
テスラもポートフォリオに組み込まれており、キャシー氏がテスラに抱く期待は非常に大きいようだ。
アークに出資している日興アセットマネジメントは、アーク社・キャシー氏によるマーケットとストラテジーのYouTubeチャンネルの日本語吹替版を毎月アップしている。この内容が非常に興味深い。キャシー氏のテスラ信望を支えるものは何か。その背景に迫るため、中身を紹介していこう。
ローコストモデルで経営が激変?
2024年4月の回では、テスラのEV(電気自動車)販売の見通しや自動運転技術などについて解説している。アーク社は「我々はテスラを自動車の会社と思っていない。テスラはロボットの会社であり、バッテリーの会社。AI(人工知能)の会社でもある。テスラは世界最大のAIプロジェクト。AIを活用してモビリティを変革している」とする。
EV販売に関しては、足元の販売数が鈍っているのはただのノイズという。今後2~3年の間にバッテリーの製造コストが下がり、またテスラは現在ローコストのEVを準備している。これまでのテスラのターゲット層は市場の5~10%だったが、ローコストモデルの登場により50%まで拡大する。
足元の短期的な販売台数の話は、モデル3を増産していた2019年当時の状況と似ている。つまり、まもなく躍進の時期を迎えるというのだろう。
自動運転技術は株価に織り込まれていない
また、多くの人が見落としていること、株価に織り込まれていないと感じるものとして、自動運転を挙げた。テスラは最近FSDのバージョン12をリリースしたが、重要なのは単一のソフトウェアを使うアプローチに向かっていること。
これにより、人間がプログラミングしたC ++のコード30万行分を削減できるという。人手をあまり使わずに構築できるAIアーキテクチャと言える。マスク氏はこのアプローチを国連のマラリア対策になぞらえて「Nothing But Nets」と称している。AI主導の方式で、クルマに対して止まれの意味を教えるのではなくて、送られてくる画像や動画をクルマが勝手に学ぶ。
テスラの自動運転技術は、高速ではなく一般道で劇的に変わってきている。以前は一般道で慎重過ぎと感じることがあったが、今はより人間らしくなってきている。
ローコストモデルが自動運転タクシーのカギを握る?
最終的には、テスラの企業価値の3分の2が自動運転になり得る。アークは2023年、2027年時点のテスラ株はベースケースシナリオで2,000ドルまで行く可能性があるとしたが、今修正作業を行っているのでアップデートを楽しみにしていてほしい。市場はまだ自動運転の重要性を見込んでいない。
また、低価格帯のモデルは、自動運転タクシーのネットワーク実現において重要なカギを握る。自動運転が実現した際、クルマのコスト構造がカギを握る。低価格EVが意味を持つのは、実は自動運転向けだ。
これまではAIトレーニングのためのコンピューティングに制約がありボトルネックになっていたが、チップを確保でき、この制約がなくなったという。今後、ソフトウェアをより頻繁にアップデートできるようになる。
▼【ARK Invest】CEO/CIO キャシー・ウッドのマーケットとストラテジー2024年4月(日本語吹替版)
https://www.youtube.com/watch?v=mHYrrxYDnWQ
マスク氏の報酬パッケージは正当
2024年6月の回では、マスク氏の560億ドルもの報酬パッケージに触れている。キャシー氏は「マスク氏ほど株主と目線が揃っている経営者はいない」と評し、その報酬の正当性・妥当性について解説している。
キャシー氏によると、マスク氏は以前、10年もの間給料なし、ボーナスなし、株式報酬なしと自分から宣言した。株主にとってものすごく大きな価値を創造できなければ一銭ももらわないとコミットしたという。
それだけの価値を生み出すためには、消費者が愛情を感じるような製品やサービスを提供する必要がある。それを非常に質の高い優秀なビジネスパートナーたちと成し遂げるということ。マスク氏はまさにそれをやってのけたとしている。
今回のマスク氏の報酬は、仮にオプションを行使できた場合でも、行使から5年間は現金化できない。これはつまり、たぶんマスク氏はテスラに残るということを意味する。そしてこの5年間はテスラにとって非常に重要な時期。生産量を増大させ、自動運転タクシーというビジネスチャンスをつかむための大事な5年間となる。
マスク氏の報酬パッケージにおけるゴールをマスク氏が達成する可能性はどれくらいあったのか。このパッケージは12の区分に分かれており、それぞれのトランシェについて時価総額、売り上げなどのハードルが設定されていた。2018年、テスラ株が非常に苦戦していた時期の最初のマイルストーンが株価を倍にすることだった。それができなければマスク氏は一銭も受け取らないという仕組みだった。
アークとしては、マスク氏がゴールを達成するだろうと判断した。ただし、それは戦略をしっかり遂行できた場合の話。ほとんどのアナリストや自動車メーカー、メディアがマスク氏の目標設定を馬鹿にしていた。当時は絶対不可能だとしていた。
時期的に2018年から2019年にかけモデル3を量産していたころで、当時マスク氏は生産の地獄と表現していた。モルガンスタンレーが立てた当時の見通しでは、株価ターゲットはたった1ドルだった。
しかし、テスラ株は2022年に414ドルまで高騰した。マスク氏は報酬パッケージを次から次へと達成していった。売り上げを年平均49%も伸ばした。調整後EBITDAは年平均142%の伸びを実現した。テスラが生産量を拡大する過程で収益性も改善させた。
時価総額については、2018年頭から2022年半ばにピークを迎えるまでに年平均91%伸びた。金利が24倍まで上昇したここ数年でも、そして中国との価格競争が激化している中でもテスラ株は175ドルから180ドルのレンジ内で推移している。
広告塔担うマスク氏、広告宣伝費としても妥当
560億ドルもの報酬パッケージをどう考えるか。一見極端な金額だが、テスラが当初言っていた通り、今回の報酬の会計上のフェアバリュー、公正価値は2018年で23億ドルだった。これがなぜ560億ドルまで膨れ上がったのか。それは、テスラが株主のために創造した価値と比例した大きく増えたということだ。
では、23億ドルはどれくらいの規模感か。GMとフォードは広告宣伝に年間40億ドルを費やしているが、テスラは2018年から2022年まで広告費はゼロ。マスク氏が広告塔を担っている。もしマスク氏が広告塔でなければ、23億ドルはテスラが支出していたであろう広告宣伝費よりも少ない額だ。
もし結果を出せなければ報酬ゼロのところ、結果を出すどころか大成功を収めた。多くのアナリストや自動車業界、テック業界みんなが無理だと思ったことをやってのけたのだ。
▼【ARK Invest】CEO/CIO キャシー・ウッドのマーケットとストラテジー2024年6月(日本語吹替版)
https://www.youtube.com/watch?v=YKw6-R6QLBI
テスラは高級路線一辺倒から脱却?
ポジショントークであるにしろ、テスラに対する一つの見方として非常に興味深い内容ではないだろうか。マスク氏がテスラを世界有数の自動車メーカーに育て上げたことは周知の事実であり、実際に企業価値も爆増した。
現在、世界のEV販売は一息ついており、競合するメーカーがひしめき合っている。既存の大手自動車メーカーもEV生産を本格化させ始めており、テスラが有していたイニシアチブは減少しているのではないか――とする見方も強い。
しかし、マスク氏はこうした事態を織り込み済みで、これまでの高級路線一辺倒から転換を図っているとも言える。ローコストモデルによるターゲット層の拡大とともに、自動運転技術によるイノベーションで新たな時代を築いていく可能性は十分考えられる。
アーク社が指摘する通り、自動運転技術はテスラに限らず株価に反映されていないケースが大半だ。早期上場を果たした各社の多くが資金に苦しんでおり、結果として自動運転技術が評価されていないのが実情なのだ。
しかし、自動運転技術が計画通り進化すれば、未来の道路交通は一変する。安全性向上の観点やドライバー不足解消の観点など、わかりやすい恩恵が待ち受けていることを考慮すれば、自動運転技術はもっと評価されてしかるべきだろう。
■【まとめ】テスラ×自動運転のインパクトが他社にも波及?
恐らく、テスラが自動運転について具体化された計画を発表すれば、テスラ株は再び爆上がりとなるだろう。もしかしたら、このテスラの動きにより株式市場においても自動運転技術の価値が広く認められ始め、競合他社の価値も軒並み上昇し始めるかもしれない。
テスラ……というよりマスク氏の影響力がどこまで波及するのか。また、自動運転タクシーの発表において想像を超えるようなアイデアが新たに飛び出すのか。話題が尽きない同社の動向に引き続き注目したい。
【参考】関連記事としては「テスラ株に暗雲!ロボタクシー事業、「極めてリスキー」と判断」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)