社会実装期を迎え、開発がいっそう加速する自動運転業界。既存の自動車メーカーや新進気鋭のスタートアップにとどまらず、新たな商機を見据え異業種からの参入も相次いでいる。
独自の視点やアイデア、技術で自動運転業界に新規参入した好例となりそうなのが、日本ペイントホールディングスだ。グループ企業の日本ペイント・インダストリアルコーティングスが、LiDARで検出可能な塗料「ターゲットラインペイント」で新たな自動運転インフラを確立しようと取り組んでいる。
この取り組みにすでに注目している世界企業もあるようで、この記事ではターゲットラインペイントはどのようなものなのか、迫っていこう。
記事の目次
■日本ペイントは塗料国内最大手
日本ペイントホールディングスは塗料業界における国内最大手で、グループ企業の日本ペイント・インダストリアルコーティングスは主に工業用塗料の製造や販売を手掛けている。
これまで、電着塗装技術や高機能性塗料などを武器に自動車の外装コーティングや補修、加飾フィルム、内装部品のコーティングなどで自動車業界と関わりを持ってきた。
■人間には見えづらく、LiDARでは認識可能
日本ペイント・インダストリアルコーティングスは2022年4月、自動運転用の塗料「ターゲットラインペイント」で自動運転業界に参入すると発表した。
ターゲットラインペイントは、自動運転車の「目」となる車載LiDARが認識可能な塗料をアスファルトなどにペイント・マーキングすることで、自動運転の精度を高める効果を有する。
人間の目には目立ちにくいのが特徴で、ターゲットラインペイントを活用することで、人間による手動運転と自動運転が混在する空間において自動運転車のみに情報を付与することが可能になるのだ。
■光の波長によって反射強度をコントロール
自動運転車は、カメラやLiDARなどの車載センサーで周囲の障害物や道路構造物を把握し、これらのセンサーから得た情報をもとにAI(人工知能)が車両をどのように動かすべきかを判断し、命令を下す。カメラやLiDARなどはそれぞれ異なる認識能力を有しており、これらを組み合わせることで総合的な認識能力を高めている。
この中で、LiDARは照射したレーザー光が物体に当たって跳ね返ってくるまでの時間を計測することで、物体までの距離や方向を測定することができる。空間を三次元的に捉えることが得意で、かつ数百メートル先まで検知可能なため、自動運転に相性の良いセンサーとして開発が大きく進められている。
その一方、LiDARは一般的なアスファルトの色や黒い塗料など暗色を認識しにくい特性があるという。カメラであれLiDARであれ、車道上に自動運転向けの情報をペイントする場合、「白」や「黄色」など識別しやすい色でペイントしなければならないということだ。
ただ、こうした識別しやすいペイントは、当然人間の目でも識別しやすい。自動運転車向けの情報が、白線をはじめとした通常の路面標示とゴチャゴチャになり、誤認の誘発や景観悪化につながる恐れが出てくる。
そこでターゲットラインペイントの出番だ。ターゲットラインペイントは光の波長によって反射強度をコントロールする技術により、暗色でもLiDARが認識することができる。
アスファルトや暗色の防護柵などに同系色で塗装したターゲットラインペイントは、LiDARはしっかり検知するものの、人間の目には目立ちにくく、手動運転のドライバーの誤認を防ぎつつ、景観を損ねることもないという。
【参考】LiDARについては「LiDARとは?読み方は?(2022年最新版)」も参照。
■車線リンクやマーカーなどを想定
活用例としては、仮想地物である車線リンク(車線中心線)や、位置特定に役立つ目印となるマーカー・ランドマークなどが考えられる。
車線リンクは、自動運転で活用される高精度3次元地図に収録されているデジタルインフラだ。各車道の真ん中を通る仮想線を引き、これを自動運転車が認識することで、安全な走行をサポートする役割を担う。
ランドマークは、走行経路近辺にある特定の不動物で、自動運転車の位置特定に役立つ。自動運転車はGPSなどの測位システムをベースに自車両の位置を推定しているが、ずれが生じることもある。トンネル内など測位情報が届きにくい場所ではなおさらだ。
しかし、道路標識や信号、建築物など、認識しやすい周囲の不動物の座標をあらかじめ高精度三次元地図にマークしておけば、マップ上のデータとセンサーが検知したデータを照合しながら走行することで自車両の位置が明確となり、ずれを修正することができる。
こうした車線リンクやランドマークを、塗料であるターゲットラインペイントを活用することで手動運転に影響を与えることなく道路上や周囲の構造物に付与することが可能になるのだ。
【参考】高精度3次元地図については「ダイナミックマップとは?自動運転に有用」も参照。
■将来の世界的トップシェアは確実?
こうした新たなインフラを塗料によって整備することができれば、整備にかかる工期やコストを低減することができる。定期的なメンテナンスは必要だが、塗り直すだけのためその手間もわずかで済む。
特に、自動運転向けの道路インフラが未整備の自動運転黎明期においては、低コストで手軽に活用できるこうしたソリューションは有用だ。実証や初期の自動運転サービスで実績と知見を積み、技術のさらなる高度化や応用が進めば、この分野で世界トップシェアをひた走ることも夢ではなさそうだ。
■すでに自動運転実証でも活用
ターゲットラインペイントはすでに自動運転実証に活用されている。シダックスなどが長崎県対馬市の公道で実施した走行実証をはじめ、神奈川中央交通と慶應義塾大学SFC研究所が同大藤沢キャンパス周辺で運行する自動運転バス、京阪バスや先進モビリティらが滋賀県大津市で取り組む自動運転バス実証、大阪市高速電気軌道などが大阪・関西万博に向け取り組んでいる自動運転実証、東京都の事業のもと京王電鉄バスなどが西新宿エリアで取り組む自動運転実証にそれぞれ採用されている。
【参考】ターゲットラインペイントを活用した実証については「「人間には見えない塗料」で自動運転に参入!日本ペイントが発表」も参照。
■【まとめ】新たな発想が業界を変えていく
日常的にマイカーで走行している車道にも、実はすでにターゲットラインペイントが施されていた……という時代が近い将来訪れるかもしれない。おそらく、手動運転では意識して走行しない限り見落としてしまうほど視覚的影響を及ぼさないのだろう。
こうした異業種による新たなアプローチが自動運転業界を発展させる。また、独自の先端技術やアイデアが世界で大きな注目を集め、業績をぐんと押し上げるかもしれない。
まだまだ始まったばかりの自動運転時代。新たな発想が業界を変えていく可能性は十分考えられる。変革の余地は今なお大きい。異業種からのさらなる新規参入に期待したい。
【参考】関連記事としては「自動運転車、車内カラオケの「音漏れ」がビジネスチャンスに!」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)