新領域に向けた取り組みの一環として空飛ぶクルマ(eVTOL/電動垂直離着陸機)の開発を進めるホンダ。地上のモビリティと連携させ、より自由な移動の実現を目指す構えだ。
ホンダが描く未来のモビリティ社会はどのようなものか。2022年10月時点の情報をもとに、ホンダの空飛ぶクルマ戦略に迫ってみよう。
記事の目次
■「Honda eVTOL」の概要
ガスタービンとのハイブリッドで航続距離を延長
ホンダは2021年9月、現在取り組んでいる技術開発の方向性を発表し、その中で「Honda eVTOL」の存在を明かした。電動化技術を生かしたガスタービンとのハイブリッドモデルだ。
BEV(純電気自動車)同様、完全バッテリーモデルはバッテリー容量に依存する航続距離の課題があり、現実的な稼働範囲は都市内移動に限られる場合が多い。そこでホンダはガスタービンとのハイブリッドによるeVTOLの開発に取り組み、航続距離を約400キロまで引き延ばすことで市場拡大が見込まれる都市間移動の実現を目指す。
また、北米ではクルマで400キロ移動する場合3~4時間かかるというが、ハイブリッドeVTOLは2倍以上の巡航速度を実現し、移動時間を約2時間に短縮できるという。
各分野で培った技術を結集
ローターは、垂直離着陸用に8つ、推進用に2つをそれぞれ備え、機能を分散させることによって高い冗長性を確保している。マルチローター構成は安全面だけでなく、ローターの小径化を可能にするため、ヘリコプターと比較し圧倒的な静粛性を実現することができるという。
このほか、航空機分野で培ったFAA認定取得経験やジェットエンジン・ガスタービンの技術、空力・騒音振動技術、軽量構造・製造技術をはじめ、F1レースで培った超高回転ジェネレーター、ハイブリッドカーやBEVにおけるバッテリーやモーター、パワーコントロールユニット、自動運転車におけるセンサー・制御技術など、さまざまなコア技術が生かされる見込みだ。
地上と空をつなぐ3次元モビリティサービスを実現
ホンダはこのeVTOLをコアに地上のモビリティと連携し組み合わせ、新たなモビリティエコシステムによる新価値の創造を目指すとしている。地上と空をつなぐ3次元モビリティだ。
地上のレイヤーと空のレイヤーを組み合わせた3次元のサービスにより、移動時間を大幅に短縮し、快適な移動を実現する。これにより、働く場所などに縛られずに住みたい場所に住み、自由な暮らしができる未来を描いている。
空のモビリティとしては、すでに小型ビジネスジェット機「HondaJet」を商用化しているが、空の移動をより身近なものにするため考え至ったのがeVTOLだ。
垂直に離着陸することが可能なため、滑走路などの大がかりな設備を必要とせず、かつ電動化によって静かでクリーンな移動が可能であることがポイントだ。
このeVTOLを中心に、自社製品に限らず公共交通機関を含むさまざまな地上のモビリティと連携するサービスを提供し、移動の自由度を大きく拡大するモビリティエコシステムの構築を進める。
予約システムやインフラ、運航・管制システム、各モビリティなど、さまざまな要素を統合することで地上と空のモビリティをシームレスに連携させた最短ルートなど、多様な提案が可能になるという。
■未来に向けたホンダの戦略
モビリティの可能性を三次元、四次元へ
ホンダは将来目指す姿として「すべての人に、『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」――という趣旨の2030年ビジョンを掲げている。創業100年を超える2050年に「存在を期待される企業」であり続けるため、現在から将来を見据えた視点(=フォアキャスト)と2050年から現在にさかのぼった視点(=バックキャスト)の両方から検討を重ね、より輝くホンダブランドを目指す方針だ。
ビジョン実現に向けては、限られた経営資源を有効活用し、既存ビジネスの転換や進化を図るとともに、複合型ソリューションの提供や新領域へのチャレンジ、オープンイノベーションの取り組みなどを通じて新たな価値の創造を行っていく。
新領域へのチャレンジにおいては、環境負荷ゼロ社会と事故のない社会の実現に向けた研究をはじめ、次の夢として、モビリティの可能性を三次元、四次元に拡大すべく空や海洋、宇宙、ロボットなどの研究を進めている。
具体的なテーマとしては、「Honda eVTOL」「Hondaアバターロボット」「宇宙領域へのチャレンジ」を挙げている。燃焼や電動、制御、ロボティクス技術といったこれまでに培ってきたコア技術を活用し、新領域においても人々の生活の可能性を拡げる喜びの実現にチャレンジしていく方針だ。
陸海空、そして宇宙における移動の自由を獲得した未来
2022年9月に発行した統合報告書「Honda Report 2022」の中で、取締役代表執行役社長兼CEOの三部敏宏氏もeVTOLの存在に言及している。
三部氏は、2050年の世界を「陸・海・空、そして宇宙にホンダのロゴを冠したモリビティが行き交い、人々が移動の自由を獲得した未来」と想像し、「ホンダのモビリティが人々の自由空間を創り出し、人が活躍できる時間や空間を広げる価値を提供していく」としている。
その上で「創業者の本田宗一郎氏から引き継がれた信念は、四輪や二輪、パワープロダクツの各製品をはじめ、ASIMOやHonda Jet、Honda eVTOLと、未来への夢と希望にあふれた自由な技術開発を可能にした」とし、自由で楽しいモビリティの未来に向けた挑戦を続けていく構えだ。
▼Honda Report 2022
https://www.honda.co.jp/news/2022/c220930.html
■未来を象徴するHonda eVTOLの動画
陸、海、空、そして宇宙をも見据えた移動の自由を目指すホンダ。宇宙はさすがに未知数だが、陸、海、空の自由な移動を実現した未来のモビリティ社会を象徴するような動画を公開している。「Honda eVTOL」と題した動画だ。
動画は、米島北部に位置するケープコッドに住む男性が仕事で400キロ近く離れたニューヨークに向かう際、「Honda Multimodal Service」というアプリを起動するシーンから始まる。
マップとともに「自家用車は4時間50分、eVTOLは2時間40分」と表示され、男性はeVTOLを予約する。自宅を出た男性は、自動運転機能を備えた自家用車でモビリティハブとなるケープコッドポートに向かい、eVTOLに搭乗する。
ニューヨーク到着後は、自動運転シャトル(ライドヘイリング)に乗り、オフィスに向かう――といった内容だ。
eVTOLや自動運転シャトルに乗る際、顔認証システムでスムーズに本人確認する様子なども収められている。
陸の移動と空の移動がスムーズに連携し、長距離移動に利便性をもたらす様子がよく分かる内容だ。
■自動車メーカーのライバルであるトヨタは?
国内自動車メーカーにおいて、直接的なeVTOL開発を表明したのはホンダが初となる。航空事業を手掛ける同社ならではの取り組みだ。
同様に航空宇宙事業を抱え無人機開発技術などを有するスバルは、eVTOL開発に直接言及してはいないものの、同社のリクルートサイトで航空宇宙カンパニー技術開発センターの荻巣敏充研究部長が「空の移動革命のなかでビークルのインテグレーションが私たちの事業領域になる。この想定のもと、空のアーバンモビリティに必要な技術の要素を開発している」と話している。自社の強みが最大限生かされる領域で空飛ぶクルマに関わってくることは間違いなさそうだ。
一方、最大のライバルとなりそうなトヨタは、空飛ぶクルマの開発を手掛ける米Joby Aviationと協業し、eVTOL開発・生産を通じて将来的な空のモビリティ事業への参入を検討する方針だ。
eVTOLは電動化や新素材、コネクテッドといった各分野において次世代環境車との技術的共通点が多く、自動車事業との相乗効果を生かした新たなモビリティ事業に発展する可能性に触れている。
【参考】トヨタの動向については「トヨタの空飛ぶクルマ戦略(2022年最新版)」も参照。
■【まとめ】「3次元の移動」がキーワードに
空飛ぶクルマの未来は、ホンダが示す「3次元の移動」が1つのキーワードになりそうだ。eVTOLが安全かつ柔軟に飛行可能な時期が到来すれば、空中に仮想の飛行網が張り巡らされ、地上の移動手段と競合・補完し合う新たな移動手段として重宝されることになる。
ホンダが思い描く世界観は、いつ頃実現するのか。空に向けた新たなチャレンジに期待したい。
■関連FAQ
2021年9月がホンダが明かした構想で、電動化技術を活用したガスタービンとのハイブリッドモデルとして開発されている。
将来的には1度に約400キロまで走行できるようにする目標を掲げている。
すでに展開している地上向けのモビリティ(=自動車)を組み合わせ、人々の「地上+空」という3次元での移動をサポートするコンセプトを掲げている。
HondaJetは小型ビジネスジェット機だが、Honda eVTOLはもっと小型であり、人々が気軽に空の移動サービスを利用できるようにすることを目指しているようだ。
トヨタ本体で空飛ぶクルマを開発しているかどうかは不明だが、空飛ぶクルマを開発する米Joby Aviationと協業しており、投資を通じて同分野に参入していることは確かだ。
(初稿公開日:2022年10月10日/最終更新日:2022年10月25日)
【参考】関連記事としては「空飛ぶクルマとは?」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)