人の移動を担う新たな概念・サービスとして定着しつつあるMaaS。その効果は、アプリ活用による利便性向上にとどまらず、地域が抱える交通課題の解決に寄与するものとして注目を集めている。
MaaSがどのように交通課題を解決していくのか。その必要性について解説していく。
記事の目次
■地域が抱える交通課題
地方では交通利便性の悪化が悪循環を招く
地方と都市部においては、それぞれが抱える交通課題は異なる。都市部と比べ地方は輸送密度が低く、移動サービスにビジネス性を見出せない場合が多い。
赤字が慢性化しているエリア内の乗合路線バスなどは、自治体による公的支出のもと維持している場合が多く、財政規模の縮小から運行本数の間引きや路線の統廃合などを余儀なくされるケースも多い。過疎地域では、個通サービスを担う主体そのものがいないこともある。
交通サービスの縮小によって地域住民の利便性は悪化し、エリアによっては自家用車による移動が必須となる。運転に不安を抱える高齢者などは、運転免許を返納したくともできない状況が続く。まちを離れる人も当然出てくる。
移動が不便な地域では人流も活性化しづらく、域内の経済活動も停滞しがちだ。商売が成り立たなければ若い世代を中心に町を離れる動きは加速する。公共交通の利便性の悪化が人口減や地域社会の停滞といった悪循環につながっていくことになるのだ。
交通事業者の側面からは、予算ぎりぎりでの運営を強いられ、ドライバーの待遇を向上させることも難しい。ドライバー不足の観点からもサービス縮小を余儀なくされるケースがありそうだ。
都市部では渋滞が慢性化
一方、人口が密集する都市部は需要が堅調なため移動サービスのビジネス性が高く、民間事業者が多く活躍している。
代わって問題となるのが渋滞だ。高層マンションのように住居は高層化することで多くの居住を受け入れられる一方、道路は拡張困難なため、過密を極めた人口増に対応しきれず混雑・渋滞が慢性化している。
渋滞に伴う移動時間の増加は、経済的なロスにつながる。時間の浪費となるためだ。また、過度な道路交通は環境問題にも影響を及ぼす。SDGsやゼロカーボンが叫ばれる現代においては、環境への配慮も必要不可欠なものとなっている。
まとめると、地方においては公共交通の不足による利便性の低下、都市部においては渋滞などが大きな問題となっている状況だ。
■移動サービスの現状
旅客の輸送機関別輸送分担率
国土交通庁の調査によると、移動における輸送機関別の割合を示す分担率は、1975年度に自動車48.3%、鉄道51.3%、旅客船0.4%、航空0.0%だったが、2018年度には自動車19.1%、鉄道80.3%、旅客船0.3%、航空0.3%となっており、鉄道の割合が大きく増加している。
自動車の輸送人員において、自家用乗用車や軽自動車の調査が除外されるなど集計方法が大きく変更されている影響が大きいが、鉄道の輸送人員は1975年度の約158億人から2018年度には約253億人と右肩上がりの傾向が続いている点もポイントとなっている。
乗合バス利用者はピーク時の4割まで減少
乗合バスの事業者数は一貫して伸び続けており、2018年度には民営2,273、公営23の計2,296社となっている。車両数は1970年代をピークに減少が続いていたが、近年はほぼ横ばいに推移しており、2018年度は6万402台となっている。
一方、輸送人員は1970年代に年間100億人を突破していたものの、2018年度は43億4,800万人とピークの半分以下まで減少している。運転者数もピークの10万人超から8万人台に減少している。
国民1人あたりの利用回数は、1965年度の98.1回から2018年度には34.1回と3分の1近くまで減少しているようだ。
保有車両30両以上の事業者を対象とした2018年度の乗り合いバスの収支状況は、民営が黒字61社、赤字155社、公営は1社が黒字、16社が赤字となっている。地域別では、大都市部で黒字44社、赤字27社の一方、その他地域では黒字18社、赤字143社と地方で苦戦していることがわかる。
タクシー利用者はピーク時の3割に
タクシー事業者は2006年度の約5万7,000社をピークに減少傾向にあり、2018年度は4万9,010社となっている。法人事業者が増加する一方、個人タクシーが大きく減少しているようだ。ドライバー数も同様に推移しており、2018年度は22万7,451人となっている。
一方、輸送人員のピークは1970年代で年間40億人を超えていたが、その後は減少傾向が続いており、2018年度は13億9,700万人となっている。
バスやタクシー利用減少の要因は?
バスやタクシーの利用と反比例する形で増加しているのが自家用車の保有台数だ。普通車と小型四輪車、軽四輪車を合わせた乗用車数は、1970年の約878万台から1975年には倍の1,724万台、1980年には2,366万台と大きく数字を伸ばし続け、2000年代には5,000万台、2010年代は6,000万台で推移している。
人口減時代に突入した近年は横ばいが続いているが、自家用車による移動がバスやタクシーの利用を減少させた一因であることに間違いはない。経済的に裕福だった時代が終わってもこうした傾向が続いているのは、自家用車の利便性から抜けきれない経験則によるものなどのほか、衰退したバスやタクシーサービスの利便性低下が自家用車需要を支えている面もある。
【参考】各モビリティサービスについては「モビリティサービスの事例・種類を解説(2022年最新版)」も参照。
■MaaSの効用
MaaSとは?
MaaS(Mobility as a Service)は「移動のサービス化」を意味する概念で、多くの場合、さまざまな交通手段を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ取り組みやサービスそのものを指す。
この概念を実現する分かりやすい例が「MaaSアプリ」だ。一定のエリアにおける公共交通サービスやその他移動サービスの検索・予約・決済といった各機能をアプリ上で一括して行うことを可能にするものだ。
従来、利用者は目的地までの道順を自ら調べ、鉄道やバスなどさまざまな交通サービスから利用するものを選び、または乗り換えなどを計画し、個別に予約や料金の支払いなどを行っていた。
MaaSアプリでは、さまざまな交通サービスを組み合わせ選択肢を設けた経路検索機能や、各交通サービスの予約・決済などをアプリで行うことができる。予約・決済は各交通事業者のサイトに飛んで個別に行うものもあるが、機能が高度化すれば一括して予約・決済することも可能になる。乗り放題などのデジタルチケットを発行することなども可能で、利用者1人ひとりの移動ニーズに対応した各種サービスを提供可能とする。
【参考】MaaSについては「MaaS解説(2022年最新版)」も参照。
MaaSを通じて部分最適化から全体最適化へ
このMaaSの導入により、何が変わるのか。一番の効果は、エリアにおける交通サービスの部分最適化から全体最適化への流れだ。
一般的に、各交通事業者が自社の収益確保や拡大を図る場合、同業他社をいかに出し抜くかが大きなポイントとなる。他社と差別化を図り、いかに自社の利用者を増加させるかが収益に直結するからだ。これが部分最適化だ。
一方、MaaSでは、エリア内における交通サービス全体の利用者をいかに増やすかが重要となる。一部の交通サービス・事業者のみが最適化されてもそれがエリア全体に波及するとは限らない。必ずしもエリア内の利用者全員の効用に結び付くとは限らないのだ。
MaaSでは、協調領域としてまずエリア内の利用者全員の効用を高め、利用者の総体を増加させることを第一とする。これが全体最適化だ。そのうえで、競争領域として各交通事業者がそれぞれのサービスに付加価値を付与していくことで、エリア全体の交通サービスの質・量が向上するのだ。
全体の利便性が向上するよう各交通サービスの路線変更や運行時刻の調整などを行い、全体最適化を図っていく。発展系としては、乗り換えの利便性が向上するようターミナルなどの拠点を再整備し、都市機能と結び付けていく取り組みなどが考えられる。
地方においては、こうした取り組みの恩恵は非常に大きく、各交通事業の利用者が増加すれば公共交通の維持をはじめサービス向上を図っていくことも可能になる。悪循環だったものを好循環へと変えていくきっかけとなるのだ。都市部においては、MaaS導入でただちに渋滞を解消するのは難しいかもしれないが、自家用車から公共交通に切り替える人が増加すれば少なからず効果を発揮するものと思われる。
MaaSは、アプリ上で各サービスを統合することにとどまらず、これをきっかけに各事業者や自治体が肩を並べ、エリアにおける交通最適化を模索していくことが重要と言える。
利用者の移動傾向の把握や意見の抽出なども行いやすく、エリアが一体となって交通、移動に対する意識を変えるきっかけになることが望まれそうだ。
■【まとめ】MaaSの本質は交通サービスの全体最適化にある
MaaSアプリによる利便性向上は言わば表面的なもので、その本質は交通サービスの全体最適化にある。MaaSに関する取り組みを通じて事業者らの意識が変わり、目先の利益から全体の利益を見据えた取り組みへと進化していくことが望ましい。
また、日本版MaaSの特徴の1つに、飲食店や病院など異業種を巻き込んだ交通サービスの展開が挙げられる。移動需要に沿った業種や新たな移動を喚起する業種などが連携することでMaaSはより発展し、地域とともに各交通事業者やサービスも潤っていく。
まだまだ未完のMaaS。今後の取り組みに引き続き注目していきたい。
【参考】関連記事としては「MaaSの課題・問題点(2022年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)